〈野田サトルの2024年〉『ゴールデンカムイ』完結のあと、なぜデビュー作のリメイク『ドッグスレッド』に挑んだのか「連載を追って損はないと思います」
震災当時は「漫画家」という職業を続けることへの疑念も抱いた
――八戸市や自衛隊からも震災の写真提供を受けたそうですね? はい。他にも主人公たちがテレビを見ているとき画面に映っている絵は、ゴールデンカムイからお世話になっているカメラマンの松田さんが当時、岩手にいたときに撮影した写真を参考にしたものです。資料をいただきましたが、あちこちにご遺体があって本当に壮絶な写真でした。 僕は震災当時、東京都民でしたけど東京だって被害もあったし、毎日が不安で怖かった。 でも本当に被害の多かった地域のことを思えば何も言えなかった。八戸だって他の地域に比べたら被害は少ないほうでした。なので八戸の方たちも同じ思いで、我慢していたとお聞きしました。当時の八戸の高校生はアイスホッケーなんてやっていていいのだろうかという罪悪感もあったそうです。 僕も漫画なんて役に立たないものを職業としていていいのだろうかって考えました。コロナ禍を経て、だいぶその考えは変わりましたけど。 ――ドッグスレッドもゴールデンカムイ同様かなりの取材をされたとのことで、他に裏話があればお聞かせください。 元ネタと言えば狼之神高校伝説も、例えば「ピヨピヨ隊」は本当にモデルとなった高校の選手たちが十年以上前にやっていて、そう呼んでいました。 さすがにボッコはありませんけど、似たようなことはやっていましたね。 鉄製のスティックとか、砂入りのペットボトルとか持って走ったり。いろんな高校の話を混ぜているので、特定はできませんが。
小道具ひとつにも徹底的にこだわる執念
――防具のディティールもかなり細かくなっていますね。 ほとんど同じ防具が自宅にあります。部屋ひとつ埋まります。 キーパーの防具だけでも10種類くらい。グローブやヘルメットやスケート靴やスティックなど。でもロウ(主人公・白川朗)のグローブだけは実物がありません。札幌オリンピック日本代表の防具がこの世にもう存在しないからです。 アイスホッケーの防具は選手にとっては消耗品という概念があるせいなのですが、日本アイスホッケー連盟に問い合わせたところ、何ひとつ残されていないということでした。 古い試合の映像とか当時のオリンピックの写真集など存在する古書すべて集めました。しかし画像が荒くて細かいディティールがわかりませんでした。 そこで当時日本代表であった方たち、もう70代の方たちなのですが、自分で調べて何とか数名の選手の方たちに連絡を取ることができました。しかしどの方も何ひとつ当時のものを持っていない。どうやら話を聞いていくとオリンピックが終わったら日本アイスホッケー連盟が選手たちから道具類を回収して、そのあと、すべて破棄してしまったのだそうです。 ヘルメットもグローブも、ユニフォームすら破棄してしまったんです。オリンピックのために作られた特注品で貴重な歴史的資料だったはずなのに。もう諦めかけていたところ、古書で集めたほとんどの写真集が朝日新聞社から出版されていることに気がつきました。 当時、札幌オリンピックの写真撮影はほぼすべて朝日新聞社が行っていたのです。 すると「朝日新聞フォトアーカイブ」というホームページを見つけまして、登録して観覧してみるとそこに選手たちのグローブが写った鮮明な写真が保存してあり、ようやくグローブのディティールを特定できたんですね。そこからまたさらに海外のオークションサイトで同じメーカーの近い年代のグローブを買い集めまして、そこでやっと作中のグローブを描くことができました。どうですか? この執念。 ――ここまでディティールにこだわって物を描く作家さんは、なかなかいないですね。では最後に読者のみなさんにメッセージを。 ドッグスレッド単行本、第1巻の発売は1月18日でゴールデンカムイ映画公開の直前となりました。いまのところドッグスレッドは、おもしろいものになっていると思います。 これからさらに加速しておもしろくなります。何か前向きになれるポジティブなものをこの世に残したいと思っています。 ゴールデンカムイのような作品を望むならゴールデンカムイがあるので読み返してください。ドッグスレッドも綺麗に終わるはずですし、連載を追って損はないと思います。よろしくお願いします。 ©野田サトル/集英社