『動物のお医者さん』のルーツも…佐々木倫子「知られざる傑作」のセンスあふれる“ドラマ”
佐々木倫子(ささきのりこ)先生といえば、小学館発行の青年雑誌「ビッグコミックスピリッツ」に掲載された『Heaven? ご苦楽レストラン』(1999年より連載)や『チャンネルはそのまま!』(2008年より連載)など、いくつもの作品がテレビドラマ化されている人気漫画家だ。 【画像】「えっ、ここまで絵柄が違う?」佐々木倫子の初期作品の魅力 代表作の『動物のお医者さん』(1988年より連載)は多くのファンを獲得し、愛らしい“般若”顔の「チョビ」により、当時シベリアンハスキー人気が高まるなど、さまざまな影響を与えた。そんな『動物のお医者さん』は30年以上の時を経て、2024年1月より12か月連続で「新装版」が小学館より刊行されてファンを喜ばせている。 ご存じの人も多いかと思うが、もともと『動物のお医者さん』は白泉社の少女漫画誌『花とゆめ』に連載されていた作品だ。 そして実はそれ以前から佐々木先生は同じ雑誌や姉妹誌などで、いくつかのシリーズ作品や短編を発表していた。そこで本記事では、すでに“絶版”となって現在は読むのが難しい、80年代に佐々木倫子先生が手がけた「隠れた名作」を振り返りたい。
■『動物のお医者さん』のルーツ? 人の顔が覚えられない主人公と愛犬がカワイイ「忘却シリーズ」
最初に紹介する「忘却シリーズ」は、人の顔を覚えるのが苦手な主人公が繰り広げるコメディ作品。本作は読み切りとして描かれた作品シリーズで、『花とゆめ』以外の『花とゆめ増刊号』にも掲載された。 そのシリーズを収録した単行本は『食卓の魔術師』(1984年12月発売)、『家族の肖像』(1985年12月発売)、『代名詞の迷宮』(1987年2月発売)の3冊が刊行されている。 主人公の黒田勝久は、人の「顔」と「名前」を覚えることが苦手な札幌在住の高校生。クラスメイトなどから親しく声をかけられても誰だか分からず、ガッカリさせたり、怒られたりを繰り返していた。とくに女子は髪形や服装がたびたび変わるために覚えるのが苦手で、親戚すら分からない始末。 隣に住んでいる「戸川動物病院」の息子・滋比古(しげひこ)は、そんな勝久に忘れられた経験を持つ被害者のひとりだ。『巨人の星』のライバル・花形満に憧れ、あの特徴的な髪形をまねていたにもかかわらず、友だちの前で勝久に無視され、恥をかかされたと長らく根にもっていたほど。 そのため、幼いころから交友関係が“ほぼ重なっている”勝久の親友・三本木が、勝久の知人データを覚える「記憶係」として頼りにされているというユニークな設定である。 筆者も人を覚えるのが苦手で友だちにからかわれてきたので、作中で勝久が提案する「前のクラスなど(自分に必要な)情報を名札に書いてほしい」という要望には、当時大きくうなずいたクチだ。 コミックスのカバーの折り返しにも「隣の知人は一分後の他人」と書かれていたように、勝久の人の顔と名前に関する「忘却っぷり」にあきれ、忘れられた当人たちの怒りはごもっともレベル。 一方の勝久には悪気はないため、しどろもどろになるのも愉快で、意味なく場面を横切る“動物”や、佐々木先生独特の“描き文字”など、至るところでクスッと笑いがこぼれる作品だ。 また、勝久の家では黒い犬「ルイ」を飼っており、どこか『動物のお医者さん』の主人公・西根公輝&チョビをほうふつさせる部分がある。それに記憶係の三本木にも、ネズミ嫌いの二階堂昭夫の面影を感じられた。