江川卓が先取点を奪われテレビ局は「江川が打たれて作新が負けた!」のテロップを準備した
連載 怪物・江川卓伝~夏の甲子園初戦、延長15回の死闘(後編) 前編:江川卓の心身疲労、仲間との亀裂...作新学院の大きすぎる不安要素>> 【写真・イラスト】もし40年前にWBCがあったなら... 侍ジャパンのメンバーはどうなる? 1973年夏、センバツに続き甲子園にやってきた江川卓擁する作新学院は、日本中が注目するなか、1回戦で柳川商と対戦した。江川は自慢のストレート中心のピッチングで、三振の山を築いていく。だが、この日の江川はいつもとは様子が違った。 【連続無失点記録は145イニングでストップ】 異変が起きたのは6回表、柳川商の攻撃の時だった。 この回先頭の1番・吉田幸彦は、江川のグラブをかすめるピッチャー強襲ヒットになるかと思われたが、ショートがうまくカバーしてワンアウト。ポーカーフェイスが信条の江川だが、その表情は少しこわばっていた。 つづく2番・古賀敏光はサードへの強烈なゴロがイレギュラーしヒットとなる。そして3番の西田(旧姓・松藤)洋を迎えた。西田はフルカウントからの6球目、真ん中ややアウトコース寄りのストレートを弾き返し、これが右中間を抜ける三塁打となり、柳川商に待望の先取点が入る。これで江川の連続無失点記録は145イニングでストップとなった。 ちなみに、江川が連打で点を奪われたのは、1年秋の地区大会準決勝の宇都宮戦以来。高校3年間の公式戦で連打により点を取られたのは、この試合を含めてたった2度だけである。まさに怪物である。 ほとんど長打を打たれたことがない江川は三塁へのカバーを忘れてしまい、呆然とした顔で右中間を見つめていた。 1点を取られただけで、作新応援団は慌てた。「負けるかもしれない......」。誰もがそう思っていた。高校野球を中継しないテレビ局は、急遽『江川が打たれて作新が負けた!』というテロップを用意したほど。江川が先取点を取られたことは、事件級の扱いとなった。 江川が打たれて先制点を許すといった、これまで経験のない展開に作新ナインに動揺が走ったが、7回に打線が奮起し追いつく。その後も再三ランナーを出すもホームまでが遠く、追加点を奪えない。だが9回裏、作新は一死一、三塁と絶好のサヨナラのチャンスを迎える。この時、柳川商が奇策に出る。センターの西田が述懐する。