【連載】プロクラブのすすめ⑳ 山谷拓志社長[静岡ブルーレヴズ] ホストスタジアムを持つ価値。
日本ラグビー界初のプロクラブとしてスタートを切った、静岡ブルーレヴズの運営面、経営面の仕掛け、ひいてはリーグワンについて、山谷拓志社長に解説してもらう連載企画。 20回目となる今回は、今季の事業面での目標やリーグの課題であるスタジアム確保について語ってもらった(11月1日)。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ――2024-25シーズンの開幕が近づいています。事業の面から今季をどんなシーズンにしたいですか。 ヤマハ発動機からの支援以外のスポンサーやチケット、グッズの売上をどれだけ伸ばせるかが焦点になります。 クラブの部長やGMが出席してリーグのこれからを話し合う「リーグワン経営者会議」(11月1日開催)では、母体企業の支援割合などの数字が開示され、何年後かには全収入に対する母体企業の支援比率を50%とすることを目指そうという議論もしています。 我々としては母体企業以外からの売り上げが2~3年後には10億円に達する見込みです。ただそれでもまだ50%には満たないのですが。 これまでの3年間は、事業スタッフの採用に投資してきました。ですが来季(2025-26シーズン)以降はチームの強化にもう少し予算を使っていこうと思っています。 そのためにも、母体企業からの支援以外の売上をしっかり伸ばしていくことが重要になります。 ――前回の連載で、ブルーレヴズの決算は12月と話がありました。 親会社に合わせて12月決算なので、今季の開幕戦と2節目まで関わるのですが、ほぼ前シーズンの成果が12月の決算に現れることになります。 昨期は初の赤字になりましたが、今期はなんとか黒字化がみえてきている状況です。今期黒字が達成できれば、過去4期のうち3期は黒字になります。 黒字決算が続けば累積利益が積み上がるので、投資できる余力ができる。気は早いですが、来季以降は大胆な発想を含めた選手補強にチャレンジが可能な財務基盤ができると思っています。 これはリスクがヘッジできないようなギャンブルをするということではなく、投資をして仮に最悪のケースになったとしても耐えうる財務状況になっているということです。 静岡ブルーレヴズとなってから3年間で伸びていない数値は戦績だけです(3年連続8位)。2024-25シーズンはなんとしてもそれを打開することが、チームとしても会社としても本当に重要です。 戦績が上向けば投資する絵をより描きやすくなりますし、その期待感によってスポンサーやチケットの売上を伸ばすことにも繋がります。 来季のチャレンジに対するリスクを最小限にする上でも、やはり今季の戦績や集客がどこまで伸びるか。次の2、3年を占う大事なシーズンになると思っています。 ――今季は、昨季のようにワールドカップの恩恵を受けられない、いわば"平場"のシーズンです。ブルーレヴズの現状はいかがでしょう。 実はシーズンチケットが昨季よりもすでに売れています。シーズンチケットは今季800席を目標にしているのですが、その数字にも届きそうな勢いです。昨季は約500席だったので、これは大きな伸びです。 これはシーズンチケットのリニュアルが功を奏しました。 これまでのシーズンチケットはホストゲーム全試合(昨季までは8試合)、ヤマハスタジアムだけでなくエコパスタジアムやIAIスタジアム日本平も含めての商品設定でした。今季はそれをヤマハスタジアムだけの設定にしました。これがハマったと感じます。 今季はホストゲームが1試合増えて9試合となり、計画ではそのうちの7試合をヤマハスタジアムで開催しようと調整しています。シーズンチケットをその7試合のみの設定としたわけです。 静岡の西部地域に住んでいる方は、なかなかエコパやアイスタに行けないかもしれないと考え、シーズンチケットの買い控えがあったのかもしれません。ファンクラブ会員の居住地をみても浜松市が一番多いですし、ヤマハスタジアムだけとなれば、シーズンチケットを買ってみようかなとなるわけです。 これで何が分かったかというと、いまのリーグワンではホストゲームの開催において一つのスタジアムを確保できないクラブが多く、セカンドホストエリアや地方開催が増えていますが、これではマーケティングの効率が悪いということなんです。 もちろん我々も静岡のクラブですから、普及のためにエコパやアイスタでこれからもホストゲームを開催したいと思っています。 ですが、一つのスタジアムでホストゲームをできた方が、ファンからすれば「毎試合いけるのでシーズンチケットを買おう!」という欲求に繋がるんだと、あらためて分かりました。それだけ、静岡県の西部地域にコアなファンが根付いてきているとも実感しています。 ――シーズンチケットの購入が増えれば、それだけ経営も安定する。 そうですね。シーズンチケットの比率が高いことは、クラブとしてはすごく大事です。 今季は平均観客数8500人を目指している中で、10%近い800枚を売ることができればまずまずの良い数字。今後その比率を30%、50%と高めていければ、経営が安定するだけでなく、試合単位チケットの数が少なくなりその分希少性が高まるので、高くても買いたいということに繋がっていく。 NFL(全米プロアメフトリーグ)ではほとんどの席がシーズンチケットで売れてしまい、1試合単品のチケットを買うのはかなり困難です。なので2次流通で需要に応じて値が上がっていく。そうした状況を作っていきたいですね。 ――この施策を打てたのも、顧客データを地道に分析してアプローチした結果でしょうか。 今季のシーズンチケットはヤマハスタジアム7試合のうち6試合ほど行けば元が取れるように価格設定をしています。 ということは、昨季シーズンチケットを買わずに6試合来てくれた人がいれば、オススメしたほうがいいわけです。データを取っていることでそうした方が分かるので、地道にメールでレコメンデーションを送っています。その成果も出ていると思います。 ――意外とそうした方は多いのですか。 多いですよ。ただ、これは電車の回数券を最初に買おうかどうか迷うことと同じような心理状況だと思います。 何度も試合に行かないからと思って単品で買っていたけど、結果的に回数券を買った方がお得だったとか。そのお得感にまだ気づいていない方もいるのではないかと思います。 ただシーズンチケットという商品は、基本的にホストゲームを複数のスタジアムで開催していると商品化しづらいものなんです。 それぞれのスタジアムの形状や座席のクオリティも異なるので、例えばヤマハスタジアムの「Aの10番」の席は他のスタジアムだとどこにあたるのか、紐付けていくことは実は難しい。シーズンチケットを多く売りたいのであれば、おのずと一つのスタジアムでホストゲームを開催したいとなるはずです。 ――ただ、現実としてホストゲームを一つのスタジアムで回すのは難しい。 これはこの連載で何度も話していることですが、リーグがライセンスとしてホストスタジアムの条件を定めていないことによって、逆に確保することが難しくなってしまっているのだと思います。 リーグがそうした縛りを設けなければ、クラブ側からすれば自治体と交渉する材料がないわけです。ライセンスがあれば、「このエリアで◯人収容のスタジアムを◯回試合ができなければ、我々はこのリーグに参入できなくなる」と言える。自治体からすれば、自分たちのせいでそうなってしまうことは嫌なはずですし、それにプロスポーツクラブが地元にあることにとても大きな価値があると理解されていれば、スタジアムを優先的に割り当ててもらうことができるわけです。 ただ、いまのリーグワンではライセンスを設けると、その条件を満たせないクラブが出て上位リーグに参入できなくなると母体企業が支援しなくなってしまうのではないかと考えてしまっている。 でもラグビーの価値を信じているのであれば、企業からの支援がなくなることはないと思っていますし、むしろそうしたライセンスをクリアするためにどうするか、という方向に動くと思っています。 JリーグでもBリーグでも過去に同じような議論があり、はじめは無理だと各クラブは反対していました。でも、Bリーグは今では会場を確保するだけでなく、新しく作らせるところまでライセンスの効力が発揮されていますよね。そのおかげで、あれだけの新しいアリーナ建設が進んでいます。 ――ただ、ブルーレヴズはスタジアムの確保は比較的スムーズに映ります。ライセンスがなくても良いのでは。 いえいえ。我々も希望の日程でたやすく確保できるわけではありません。ジュビロ磐田さんとはしっかりコミュニケーションをとり、協議しながら進めています。 Jリーグが秋春制になるとシーズンが被って余計にスタジアムが取りにくくなると言われていますが、これはむしろ逆だと思っています。秋春制になった方が、スタジアムは間違いなく取りやすくなります。 我々がスタジアムを確保するタイミングと同時に、Jリーグのスケジュールが明らかになるからです。むしろ、今はそれが分かっていないから確保に苦しんでいる。 現状ではJリーグの日程がみえてくる1月頃まで会場が確定できないんです。だから、リーグワンでは年明け2月~5月のスタジアムや日程をなかなか発表できていないし、その状況ではシーズンチケットも売りにくくなってしまっているんです。 Jリーグと同じタイミングで日程を調整していくことができれば、「空いている日はどうぞ使ってください」となりますし、運営は大変ですがサッカーが土曜日でラグビーが日曜日というような調整もできるわけです。それに、自治体から「Jリーグの日程が決まるまで待ってください」と言われることもなくなります。 レギュラーシーズンの日程や会場がシーズンの最初から明確になっていれば、それこそシーズンチケットはもっと売れるはずです。 そうした状況になれば、このスタジアムを本当にホストスタジアムにするべきなのか、このエリアをホストエリアにすべきなのかという、もっと本質的な問いが浮かんでくるはず。 Jリーグでこれだけスタジアムを使われるのであれば、他の地域に行こうとか、他のスタジアムでやろうとなっていくと思うんです。 僕が評価をするのはすごくおこがましいのですが、ホンダ(三重ホンダヒート)さんが2026-27シーズンから栃木の宇都宮に移転することは正解だと思っています。 もちろん、鈴鹿や三重の皆さんからすると寂しいと思いますが、栃木県ではグリーンスタジアムという球技専用のスタジアムが現在はJリーグでほとんど使われなくなっている状況で、LRTという路面電車ができてアクセスも良くなっている。 東京に近いとはいえ地方都市ですし、僕も宇都宮でバスケットボールクラブを経営していたので、すごくポテンシャルがある地域であることは間違いないと言い切れます。 ――スタジアムの確保で苦労しているのは、基本的に首都圏のクラブです。そうしたクラブからライセンスの声は上がらないのでしょうか。 他のクラブの方といろいろ話をしていると、はやくライセンスをつくってほしいという声は耳にします。ライセンスがないから、やはり自治体と交渉しにくいと。 ただ、クラブによっては一つのスタジアムでなく、いろんなスタジアムや複数の地域で試合をしたいというクラブもおそらくあるのではないかと思います。トップリーグの時と同じように、ラグビーの普及のためにさまざまな地域でやることが大事だと。それはそれで良いと思います。だとすれば、トップリーグの時のようにホストスタジアムを持たず、全国各地で試合をするというリーグを別に作ればいいんです。 多種多様な価値観のクラブを一緒にして1部2部3部リーグと分けるのではなく、クラブの価値観に合わせたリーグを別々につくり、かたやライセンスで縛りホストエリアに大きなスタジアムをもってビジネスで拡大再生産し、ラグビーの価値をドライブしていくリーグ。かたや、どんなクラブでも参入が容易で全国各地で試合をしてラグビーを普及していくリーグ。 そのようにクラブの目指す方向性や価値観でリーグを棲み分けていくことが、本当の意味で多様性を尊重することなんだと思います。 PROFILE やまや・たかし 1970年6月24日生まれ。東京都出身。日本選手権(ラグビー)で慶大がトヨタ自動車を破る試合を見て慶應高に進学も、アメフトを始める。慶大経済学部卒業後、リクルート入社(シーガルズ入部)。’07年にリンクスポーツエンターテイメント(宇都宮ブレックス運営会社)の代表取締役に就任。’13年にJBL専務理事を務め、’14年には経営難だった茨城ロボッツ・スポーツエンターテイメント(茨城ロボッツ運営会社)の代表取締役社長に就任。再建を託され、’21年にB1リーグ昇格を達成。同年7月、静岡ブルーレヴズ株式会社代表取締役社長に就任