コニー・ニールセン「ルッシラのような女性は世界中にいる」――演じることで讃える、過酷な運命に抗う女性の姿
古代ローマを舞台に、皇帝への復讐に燃える剣闘士〈グラディエーター〉の闘いを描き、第73回アカデミー賞で作品賞・主演男優賞を含む5部門を受賞した「グラディエーター」(2000年)。巨匠リドリー・スコット監督がつくりあげたこの歴史スペクタクルは、全世界で4億6500万ドル以上も稼ぎ出し、2000年に第2位の興行収入を記録する大ヒットを果たした。それから24年後、「グラディエーター」の生みの親リドリー・スコットが再びメガホンをとり、あの結末の「その後」を描いた続編「グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声」が11月15日より公開中だ。 【動画】「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」本予告 主人公のルシアスを演じるのは、「aftersun アフターサン」で一躍脚光を浴びた気鋭の俳優ポール・メスカル。また物語を駆動する謎の奴隷商人マクリヌスを担うのは名優デンゼル・ワシントン。そして前作キャストであるコニー・ニールセンが元皇帝の娘ルッシラ役でふたたび出演。英雄マキシマスとの間に生まれた本作の主人公ルシアスの母親であり、ペドロ・パスカル演じる将軍アカシウスの妻として、過酷な運命に飲み込まれていく人物を熱演する。 数少ない前作のキャストとして、コニー・ニールセンは本作とどのように向き合ったのか。「グラディエーター」キャスティング時の秘話や︎リドリー・スコットの撮影現場における変化、ルッシラという人物が持つ苦悩と強さなどについて語ってもらった(取材・文/ISO、撮影/間庭裕基)。 【「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」あらすじ】 将軍アカシウス率いるローマ帝国軍の侵攻により、愛する妻を殺された男ルシアス。すべてを失い、アカシウスへの復讐を胸に誓う彼は、マクリヌスという謎の男と出会う。ルシアスの心のなかで燃え盛る怒りに目をつけたマクリヌスの導きによって、ルシアスはローマへと赴き、マクリヌスが所有する剣闘士となり、力のみがものを言うコロセウムで待ち受ける戦いへと踏み出していく。 ●前作「グラディエーター」の思い出「脚本に22ページ分のダメ出しをした」 ――「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」は本当に素晴らしかったです。前作の大ファンということもあり、冒頭のアニメーションから目頭が熱くなりました。 コニー・ニールセン(以下、ニールセン):ありがとうございます。そう言ってもらえて本当に嬉しいです。 ――歴史的超大作である前作「グラディエーター」にキャスティングされたことは、コニーさんのキャリアのなかでもかなり印象深い体験として記憶に残っているのではないでしょうか? ニールセン:そうですね。先日、Q&A付きの先行上映会がロンドンで行われた際に、リドリーが「前作で私をどのようにキャスティングしたか」という質問に答えていたんです。そこで彼が語っていたのは、前作のキャスティング・ディレクターであるルイス・ディジアイモが、他の映画用に撮った私のテープをリドリーに見せて「この人にしよう!」と決めたということ。リドリーがそう答えているのを同じステージで聞きながら「そう単純ではないのだけど…」と思っていましたが(笑)。 ――と、言いますと? ニールセン:リドリーがテープを見て「この人にしたい」と感じてくれたことは事実だと思います。ただ実際のところそれで完結ではなく、私は役をもらうためスタジオ側を納得させる必要がありました。そのためビデオテープで1回、ロンドンで1回、ロサンゼルスで1回と計3回のオーディションを行ったうえ、ドリームワークスのプロデューサーとも会議で話し合ったんです。幸運なことに私は歴史好きで、古代ローマ帝国についてもよく知っていたので、そういったこともアピールしてようやくキャスティングされるに至りました。 ――監督のなかではかなり省略されているんですね…(笑)。役が決まってからは順調に進んだんですか? ニールセン:いいえ。役を獲得したある日、私のところに脚本が届いたんです。読んでみると実際ローマ帝国ではあり得ないことがかなり書かれていて…。ローマと無関係だったり時代錯誤的だったりで、これは大丈夫なのかなと心配していたところ、リドリーから「脚本についてどう思う?」と尋ねられたんです。それで「警察国家という言葉が出てくるけど、この時代ではありえない」といった具合に指摘していきました。すると彼に「じゃあ変だと思うところを書き出してくれるかい?」と頼まれて、私はすぐにおかしいと思う点を22ページ分書いてFAXで送りました。その時はまだ契約書にサインしていない段階でしたが(笑)。 するとその後、3日間連絡が途絶えたんです。世界最大級の映画に出演が決まったばかりなのに、脚本にダメ出ししたせいでワンシーンも撮らずクビになったのかも…とゾッとしましたね。いても立ってもいられなくなり、シェパートン・スタジオに電話したんです。制作会議中で手が離せないと秘書に言われたんですが「このままだと眠れないし、ご飯も水も喉を通らない!どうかお願い!」と懇願して。するとリドリーから電話がかかってきて「大丈夫だから寝なさい。君が書いてくれたものを脚本に反映しようとしているところだよ。皆が不快に思いかねない部分は取り除いているから、誰も君のことをクビにしないよ」と笑いながら言ってくれました。 ――「グラディエーター」公開20周年のインタビューで脚本のリライトに協力されたことを明かしていましたが、まさかそんなに密接に関わっていたとは…。リドリーとの仕事はやはり強烈だったんですね。 ニールセン:そうですね。リドリーと仕事をするということ=クレイジーな人たちと仕事をするということ。彼はぶっ飛んでいて情熱的な人が大好きなんですよ。だから彼の周りには、映画制作や演技を神聖なものと考え、こだわりが強く、恐れ知らずで自分の信念を貫くような人たちが集まるんです。リドリー自身もそうですが。 ●準備なしだとクビが飛ぶ⁉︎リドリー・スコットが役者に望むただひとつのこと ――「グラディエーター」を大切に思うあまり、よほど必要とする続編ではない限り再演はしないと決めていたと伺いました。それでも出演したということは、そのハードルを超えてくる脚本だったと。 ニールセン:プロデューサーのダグ(ダグラス・ウィック)とルーシー(ルーシー・フィッシャー)から連絡があったとき、私のエージェントは「前作に満たない脚本だったら持ってこないでくださいね。男性のための祭典のような映画だったら参加するつもりはありません」と断言したんです。それに対しダグが言ったのは「彼女はきっと喜ぶよ」ということ。それで脚本を読んだところ、とてもパワフルで予想外の物語で…まんまと喜びました(笑)。その後、ルッシラにどのように命を吹き込むかについてリドリーと話し合いを始めたのですが、そのプロセスはとてもワクワクしましたね。 ――あなたとデレク・ジャコビさん以外のキャストは刷新されていますが、前作での経験を今作のキャスト陣に共有しましたか? ニールセン:この映画ほど規模の大きな作品に出演したことがある俳優がほとんどいなかったので、最初の頃はみんな少し怖気づいて「どうするのが良いんだろう」と私に相談しにきたんです。だから「リドリーはとにかくクレイジーな俳優が大好き。演じるキャラクターを自分のなかで目一杯膨らませて、力の限りを尽くして演じ切るような俳優がね」とアドバイスしました。ジョー(ジョセフ・クイン)やフレッド、ペドロは、もとから自分の役に対して「こういうのはどうだろう?」と素晴らしいアイデアを生み出すことのできる俳優です。だから彼らはそれで良いんだと納得して、自分の中でイメージを固めて役に臨んでいましたね。 ――リドリー・スコット監督といえば、演技は俳優に任せることで知られていますよね。 ニールセン:リドリーが俳優に求めるのは、セットに入る段階で完璧に準備が終わっていること。だからリハーサルなしでそのまま本番が始まるんです。そこで自分の台詞や動きを覚えていなければ…(クビを切るジェスチャー)。そのキャラクターは登場しないことになり、リドリーは別のシーンを撮影するためカメラを持ってどこかへ行ってしまうでしょう。 今回感じたのは撮影のペースがすさまじく早いということ。一作目のときはセットチェンジやフィルムの交換、ライトやカメラの移動などに何時間もかかったんです。だからラッセルとホアキンと私はその隙間時間に、リドリーに寄ってたかって「こういうのはどう!?」「これは!?」って細部まで相談していました。でも今作ではそれがなかったんです。技術の進歩によりセットチェンジも短時間でできるようになり、少ない隙間時間も私たちは着替えがあるから「とにかく時間がない!」って。 だから私は撮影の日、朝から彼のトレーラーに並ぶんです。他の俳優もそうでしたね。レンガづくりっぽい見た目をしたトレーラーだったので、私たちはそれを「レンガ」と呼んでいました。レンガには常にたくさん人がいるんですが、相談したいと言うと「じゃあ10分だけ」と時間をもらえるんです。それで10分間「私はこう思うけどどう?」「ここで彼女はこう考えてる?」と矢継ぎ早に質問して、リドリーは「イエス、ノー、ノー、ん?わからないから別の良い方で…なるほど、イエスだ」みたいな感じで素早く答えていく。そうやって事前確認で準備を終わらせて、セットに入ればあとはそのまま演じるだけでした。 ●ルッシラのように過酷な現実を生きる女性は世界中にいる ――ルッシラは今作においても男性たちに生殺与奪を握られ、残酷な策略に飲み込まれていく人物です。それでも民衆やローマの未来を思い、権力に抗おうとする彼女の強さには胸を打たれました。 ニールセン:ルッシラのような女性はこの世界に大勢いますよね。あなたもきっと見たことがあるでしょう。あらゆる場所において、女性たちはまだまだ権力を手にすることが許されていないと感じているんです。でも女性たちには誰も耳を傾けてくれない辛い状況のなかでも挫けない強さがあります。そこで女性たちがすることは、何が真実で正しいのかを自分の心の中で決め、それを指針として進むこと。そして自分たちには力があると信じ抜き、権力が与えられない過酷な世界を生き抜いていくこと。ルッシラは世界中に生きるあらゆる女性と同じなのです。 ――ルッシラの姿を見て勇気づけられる人もたくさんいるのではないでしょうか。 ニールセン:前作が公開されたあと、世界中の人に「ルッシラとしてあの台詞を言ってくれてありがとう。彼女が私に勇気を与えてくれました」と声をかけられたんです。だから今回、ふたたび演じるにあたっても生半可な覚悟ではいけないと思い、心を込めて全身全霊で役に挑みました。彼女の苦悩は多くの人々の苦悩であると理解していたから。それでも運命に抗う彼女のことを、演じることで讃えたいと思ったんです。 ――前作と比較してパワーアップしたと感じる点はありますか? ニールセン:「パワーアップ」という表現はとても良いですね。リドリーが撮影しているのは、その瞬間に目の前で起きていることに対する私たちの反応なんです。彼は撮影しているかしていないかに関係なく、その巨大なセットにいるすべての俳優にそのシーンを演じさせる。だから私たちが劇中で観ているものも、それに対する反応もすべて本物です。その後、彼は撮影した映像にいろんな技術を用いてさらに真実味を宿していきます。たとえば冒頭の海での戦闘シーンで俳優たちは水浸しになりながら演じましたが、実際には海で撮影してはいません。撮影後にデジタル処理がされ、実際に海で闘っているかのように映像をつくりあげていったんです。 「ミッション・トゥ・マーズ」(2000年)の撮影で、何もない空間で6mの高さに吊り下げられたことがあります。宇宙空間にいるという設定なので動くことも許されないなか、私は「目の前で夫が死にゆくのを見届ける」という状況を想像だけで演じるという経験をしました。でもリドリー・スコットの映画ではそんなことは決して起こりません。なぜなら彼の撮影現場では実際にそのできごとが起きているから。そういった撮影現場におけるリアリティや、映像面で確実にパワーアップしていると思います。 ――最後に、これから本作を観る観客に一言頂けますか? ニールセン:シートベルトをご準備ください。そしてなにより楽しんで!