国民生活を犠牲に「2類相当」を維持して感染症ムラに補助金を投入し続けた厚労省…世界とは異なる〝専門家〟が新型コロナ対策を仕切った日本の不幸
医系技官の政策を官僚的に追認していただけの可能性
ただ、決して、日本に、新型コロナ対策に適任の一流の研究者が不在なわけではない。 例えば、東京大学名誉教授、米国のシカゴ大学名誉教授で国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長の中村祐輔氏は、遺伝子レベルのがんの個別化医療の先駆けを作った医師であり研究者で、世界的にもノーベル生理学・医学賞候補として常に名前が挙がると言われる存在だ。 PCR検査や変異ウイルスの解析はゲノム医学抜きでは語れなくなっており、正に、新型コロナウイルス対策には適任と言える。しかし、結局、中村氏が新型コロナ対策の専門家に名を連ねることはなかった。 この3年間の専門家会議や感染症分科会の提言を追ってみると、彼らは利権の保持や恩返しにこだわったわけでも政府に逆らおうとしたわけでもなく、大真面目に専門家の代表として、医系技官の政策を官僚的に追認していただけの可能性もある。 悪気はないように思えるが、日本のパンデミック対策のトップの座に留まりながらも、様々な判断の過ちを認めなかった点で罪深いのではないだろうか。 専門家集団の中に中村氏などしかるべき人物が入っていたら、ここまで新型コロナ対策は迷走しなかったはずだ。 新型コロナは世界各国にいっきに広がった感染症であり、日本だけの独自対策などあり得ない。 世界の公衆衛生や感染症対策の専門家たちは、国際的な医学専門誌に掲載された新しい論文を読み、独自のネットワークを駆使して情報交換をして、自国の新型コロナ対策に貢献した。
新型コロナで露呈した日本の力不足、アメリカのコロナ対策トップは本気で闘った
米国政府の首席医療顧問を2022年12月に退任したアンソニー・ファウチ・国立アレルギー感染症研究所長などは、身の危険を感じるほどの嫌がらせをされても、ドナルド・トランプ前大統領との対立を恐れず感染症対策の専門家としての姿勢を貫いた。 2020年4月には、トランプ前大統領が打ち出した外出緩和策に反対を表明し、抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを新型コロナ治療に使うことついても「科学的根拠がない」と却下した。 トランプ前大統領がバイデン大統領に敗れたのは、ファウチ氏がトランプ氏の新型コロナ政策の失敗を印象付けたことも大いに影響しているのではないだろうか。 ファウチ氏は、未だにトランプ支持者などにインターネット上で攻撃されているが、退任表明後のインタビューでは、「トランプ前大統領をはじめ、COVID-19の懐疑論に直面しながらも、どのように冷静さを保ってきたのでしょうか」という質問に対し、次のように答えている。少し長いが、その一部をここに引用したい。 私は科学者であり、公衆衛生担当者でもあるので、エビデンスとデータに従うしかありませんでした。これらは時間とともに進化し、私たちの対応も進化しました。新しい知識が得られるにつれて、ウイルスに対するアプローチを変えなければなりませんでしたが、これはトランプ前大統領とその周囲の特定の人々によって、非常に複雑化しました。 例えば、ヒドロキシクロロキンが有効な治療法であると根拠もなく前大統領が主張したことです。私は科学的かつ個人的な誠実さを保ち、アメリカ人、そして世界に対する責任を果たさなければならず、これについては公に反論する以外に選択肢がなかったのです。 そのため、問題が生じ、多くのトランプ支持者の目には私が敵に映るようになった。私に対して、私の家族に対して行われた脅迫は、前代未聞のものであり、容認できるものではありません。他の公衆衛生担当者も脅されているため、私1人ではありません。私がこの仕事を始めたとき、武装した特別捜査官から24時間態勢で警護される必要が生じることになるとは、決して思っていませんでした。 しかし、このような状況にもかかわらず、仕事に行きたくない、仕事をしたくないと思ったことは一度もありません。それどころか、このまま公衆衛生に専念しようという気持ちがさらに強くなりました。他のことは雑音や気晴らしに過ぎず、私はそれをほとんど排除することができたのです。 (『ランセット』2022年10月8日、トニー・カービー氏によるインタビュー) 私自身、米国やヨーロッパの国々の新型コロナ対策がすべて正しかったと主張するつもりはない。 ただ、世界中に新型コロナという同じウイルスがいっきに広がったために、これまで明確にはなっていなかった、厚生労働省の医系技官と、同省に重用される専門家会議のメンバーの先生方の力不足が露呈してしまったのは事実だ。 権力は科学的な正しさを保証しない。ガリレオ・ガリレイは、我が身を捨ててまで、科学的な正しさにこだわった。これが世界の科学者の規範だ。 世界では、専門家がネットワークを構築し、新型コロナ対策を推し進めている。 一方、結果的に多くの場面で厚生労働省の方針を支援し、独自の考えでガラパゴス的にやろうとした日本の専門家会議・感染症分科会の面々が迷走したのもむべなるかなだ。 文/上 昌広 写真/Shutterstock ---------- 上昌広(かみ まさひろ) 医療ガバナンス研究所理事長・医師 1993年東京大学医学部卒、東京大学医学部附属病院にて内科研修医となり、95年東京都立駒込病院血液内科に勤務。99年東京大学大学院医学系研究科博士課程を修了し、虎の門病院血液科医員に。2001年から国立がんセンター中央病院薬物療法部の医員も務め、造血器悪性腫瘍の臨床と研究を行う。05年東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンス、メディカルネットワークを研究。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学。16年より現職。『医療詐欺』『ヤバい医学部』など著書多数。 ----------