■財布を出す仕草が大人のたしなみである理由 　ごちそうされることが明らかな場面で財布を出すことに意味はあるのかと問われれば、具体的にはありません。ですが、挨拶をしながら軽く頭を下げたり、別れ際に手を振る行為に意味を求めるでしょうか？　財布を出す仕草は相手に対する感謝や恐縮の気持ちを示す、誠意の見せ方の一つです。 　店を出たときと別れ際には「ごちそうさまでした」と礼を述べます。ごちそうしてもらっておいて、料理の味や店の雰囲気に難癖をつけるのは論外。無理をしてでも「美味しかった」と言いましょう。ごちそうしてくれた側から「不味(まず)かったな」と水を向けられても、同意してはいけません。 　そして翌日(次に会ったとき)にもう一度「昨日(先日)はごちそうさまでした」と、あらためて謝意を伝えてください。相手の出費に対し三度(みたび)の礼で報いることで、相手は一層満足し、絆の強まりを感じるでしょう。 　一方で“ごちそうする側”にもマナーはあります。店を出てから「意外と高かったな」と不満を漏らしたり、相手の恐縮具合が足りないと「おごってやったのにロクに礼も言わない」と愚痴るのは、自分の器の小ささを露呈する恥ずかしい行為です。 　また「これだけごちそうしたんだから、わかってるよね？」と見返りを求めるのもNGです。相手におごっていい気持ちになった時点で、ギブ・アンド・テイクは完結しているのです。下心が見えた瞬間に相手は「なんだい、結局そういうことか」とシラケますし、次回以降に素直にごちそうを受けてくれなくなります。出費したうえに嫌われるという、最悪の結果を招きかねません。 　「自分も同じことをしてもらってきたから、気にしないで」とスマートで恩着せがましくない一言が、ステキな大人のたしなみです。 　※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月4日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 石原 壮一郎（いしはら・そういちろう） 大人系＆検定系コラムニスト 1963年三重県生まれ。1993年に『大人養成講座』でデビューして以来、大人の素晴らしさと奥深さを世に訴え続けている。『大人力検定』『父親力検定』『大人の言葉の選び方』など著書多数。最新刊は、会社の理不尽と戦うための知恵と勇気を授ける『9割の会社はバカ』（飛鳥新社、共著）。郷土の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」を務める。 ----------