大企業製造業の景況感は4四半期ぶりの悪化(日銀短観3月調査):日銀の政策判断への影響は小さい:日本経済は輸入インフレ・ショックからの正常化過程
マイナス金利政策解除後も経済、物価、金融環境に大きな変化がないことを確認
さらに、全規模全産業の資金繰り判断DI、貸出態度判断DIは前回比横ばいで、マイナス金利政策解除の影響はほぼ見られない。借入金利水準判断DIも横ばいで、マイナス金利政策解除後も借入金利には大きな変化は見られない。他方、先行きについては上昇が見込まれている。 このように、マイナス金利政策解除後の経済、物価、金融環境には大きな変化は見られない。日本銀行は、今回の短観で、経済・金融に混乱を生じさせることなく政策転換を実施できたことを確認したのである。今回の短観調査が、当面の日銀の政策判断に与える影響は小さいだろう。
賃金上昇率の上振れだけで経済・物価見通しが一変する訳ではない
今年の春闘(主要企業)では、賃上げ率は5%を超え、33年ぶりの水準にまで達した。それが個人消費や物価に与える影響は、日本銀行の先行きの金融政策を占う観点からも当面の大きな注目点となる。 春闘の賃上げ率が予想以上に上振れたことで、年内にも実質賃金が前年比でプラスになる可能性がある。こうした動きは、足もとで低迷している個人消費に多少なりとも好影響を与え、輸出環境が悪化しない場合には、今年後半の成長率のトレンドが再びプラスに戻ることを助けるだろう。 しかし賃金上昇率の上振れだけで、個人消費が力強さを取り戻すことはなく、その結果、価格転嫁は大きくは進まず、物価上昇率への影響も限られよう。実質賃金は1月まで22か月連続で低下しており、年内に実質賃金上昇率がプラスになるとしても、今まで低下した分を取り戻し、「輸入インフレ・ショック」前の状態を取り戻すまでにはまだ何年かかかるだろう。 賃金上昇率の上振れは、輸入物価の大幅上昇という「輸入インフレ・ショック」からの正常化の一環と位置付けることができるだろうが、そのプロセスは始まったばかりであり、個人消費が完全に安定を取り戻すまでにはまだかなりの時間を要する。
「輸入インフレ・ショック」からの正常化過程にある日本経済
コロナショック、ウクライナ問題を受けて、日本経済は輸入価格の急上昇という「輸入インフレ・ショック」に見舞われた。これは、基本的には日本経済や国民生活にとっては強い逆風である。輸入価格上昇によって引き起こされた国内物価の上昇ほどには企業は賃上げをしてこなかったため、実質賃金は低下し、労働者の所得の取り分の割合を示す「労働分配率」は大きく低下した(図表)。 こうした「輸入インフレ・ショック」による、実質賃金低下、労働分配率低下という消費者への逆風は、物価上昇率が徐々に低下してくる一方、賃金上昇率が遅れて高まり、実質賃金が上昇することで修正されていくのが通例だ。それが、「輸入インフレ・ショック」後の正常化プロセスであり、現在はその途上にある。 今回は、政府や世論の後押しから賃上げが促され、修正プロセスが通常よりも迅速化されている。しかしそれは、正常化のプロセスが迅速になるだけであって、正常化が終了した後の日本経済の姿には大きく影響しないのではないか。 大きく下振れた実質賃金、労働分配率を「輸入インフレ・ショック」以前の水準まで戻した後にもなお大幅な賃上げを続ければ、今後は企業の収益が過度に悪化し、資本分配率が低下(労働分配率が上昇)する逆ショックを生んでしまう。そうなれば、企業は設備投資や雇用、賃金を抑制し、労働者にも打撃が及ぶだろう。 他方、日本銀行が期待するように、賃金上昇率の上振れ分が価格に顕著に転嫁されれば、その分、実質賃金改善の効果が弱められ、個人消費には逆風となる。個人消費の回復には、賃金上昇分の価格への転嫁が大きく進まずに、物価上昇率が着実に低下していくことが実は望ましい。この点から、「物価と賃金の好循環」という状態が起これば、それは経済環境の改善に逆行する面がある。