「やせ薬」が10種類のがんのリスクも下げる可能性、最新研究、新たな効果が続々
がんにかかるリスクの低下
今回の研究は、全米50州1億1300万人の電子カルテを分析し、2型糖尿病をもつ患者165万人における15年間のがんリスクを比べている。 2型糖尿病患者のみに焦点が当てられたのは、GLP-1受容体作動薬がまだ糖尿病用にしか承認されていなかった2018年までの処方を追跡したためだと、論文の筆頭著者である米ケース・ウェスタン・リザーブ大学医学部のリンゼイ・ワン氏は述べている。セマグルチドが肥満症の治療薬として米国で初めて承認されたのは2021年のことだ。 インスリンのみを処方された患者と比べると、GLP-1受容体作動薬を処方された患者は、胆嚢がんのリスクが65%、中枢神経系の腫瘍である髄膜腫のリスクが63%低かった。 また、膵臓がんのリスクは59%、肝臓がんのリスクは53%、卵巣がんのリスクは48%、大腸がんのリスクは46%、多発性骨髄腫のリスクは41%、食道がんのリスクは40%、子宮内膜がんのリスクは26%、腎臓がんのリスクは24%低くなっていた。 胃がんのリスク低下も見られたが、これは統計的に有意ではなかった。甲状腺がんと閉経後乳がんのリスクについては、差異が見られなかった。 GLP-1受容体作動薬を処方された患者と、別の一般的な2型糖尿病治療薬である「メトホルミン」を処方された患者とを比べたところ、ほとんどのがんでリスクに差は見られなかった。胆嚢がんと大腸がんのリスクはより小さかったものの、これもまた統計的に有意ではなかった。 また、腎臓がんのリスクはメトホルミンに比べて1.5倍高くなり(ただし前述のように、インスリンに比べればリスクは低い)、統計的に有意だったが、この意味を理解するにはさらなる研究が必要だと著者らは述べている。
考慮すべき注意点はあるが安心材料になる
今回の研究では、誰がどの薬を処方されたかはわかっているが、患者が実際にその薬を受け取ったかどうか、また、どれくらいの期間その薬を使ったかは調べられない。また、データからは、その患者の体重が減ったかどうかも知ることができない。 GLP-1受容体作動薬とがんのリスク低下との関係を完全に理解することを難しくしている研究上の制約はほかにもあると、マーフィ氏は指摘する。 多くの患者はGLP-1受容体作動薬とメトホルミンの両方を処方されていたが、どちらかだけを処方された場合で比べると、GLP-1受容体作動薬の方がリスクを下げるという効果は見られなかった。そのため、本来はインスリンを投与された患者と、メトホルミンなしにGLP-1受容体作動薬を投与された患者との比較を確認したいところだとマーフィ氏は述べている。 また、過体重あるいは肥満がある患者は全体の37%にとどまっていたため、そうした患者に限定してがんリスクを比べることが有益だろうとマーフィ氏は言う。「ほかにも効果があると強調する前に、極めて慎重に検証するべきでしょう」 慎重である一方で、マーフィ氏はこの薬に期待をかけてもいる。なぜなら、「GLP-1受容体作動薬によってがん発生率の低下が見られることは確かだからです」と氏は言う。また、過体重や肥満の患者だけに絞って調べれば、リスク低下の幅はさらに大きくなる可能性もある。 今回の発見は意外ではないものの、必ずしも同じ条件での比較にはなっていないと指摘するのは、カナダの医療機関LMCの内分泌・糖尿病グループに所属する内分泌・肥満専門医メガ・ポッダー氏だ。 というのも、インスリンを投与されている患者は、GLP-1受容体作動薬の投与を受けている患者よりも症状が重い傾向にあり、そのせいで肥満関連がんのリスクが高くなっている可能性があるからだ。インスリンには体重を増やす効果があるという点も考える必要がある。 一方で、研究期間が長く取られていることと、一部の患者がGLP-1受容体作動薬の長期的な影響を心配している点を考慮すると、がんのリスクが増加しないことを示す今回の結果は安心材料になると氏は述べている。 「この研究は非常に長い期間にわたって幅広い集団を対象に行われているため、GLP-1受容体作動薬の安全性に対する不安がいくらか解消されます」とポッダー氏は言う。特に肥満患者の場合、「こういった薬を使うことや長期間の使用については偏見がつきまとうため、がんのリスクが増えたのではなく減ったというのは非常に心強いことです」 米テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの内分泌専門医ソナリ・トサニ氏もまた、これらの薬を長く使ってがんのリスクが下がるという結果は心強いと述べている。「GLP-1受容体作動薬が登場した当初は、膵臓がんのリスクが上がるのではないかという懸念がありました」と氏は言う。