「尊敬するお子さま」は金正恩の後継者なのか? 父娘のツーショット写真を公開する政治的意図
金正恩国務委員長の娘の存在感が大きなものになってきた。2022年11月にその存在が初めて公開されて以来、弾道ミサイル発射実験の視察や着工式で金正恩に同行する姿を北朝鮮メディアが報じている。彼女は、後継者候補なのか。北朝鮮内政分析で定評がある礒﨑敦仁・慶應義塾大学教授に、謎に包まれた金正恩の娘について語ってもらった。 ■「嚮導」の偉大な方々 金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の娘の存在感は、ますます大きなものになってきた。朝鮮労働党機関紙『労働新聞』の2024年3月16日付に、「嚮導(きょうどう)の偉大な方々」という表現が出てきたのである。「嚮導」は日本語で聞きなれない言葉かもしれないが、「領導」と似たニュアンスで、北朝鮮では最高指導者か朝鮮労働党が主語となって使われてきた。今回の注目点は「嚮導の偉大な方々」と複数形になっていることである。
「先進的」な「世界屈指の野菜生産基地」である温室の完工式に金正恩が出席したことを伝える記事で、「嚮導の偉大な方々が、党と政府、軍部の幹部とともに江東(カンドン)総合温室をご覧になった」と書かれていた。この表現だと、「偉大な方々」は「党と政府、軍部の幹部」より上位の特別な人物ということになる。しかも、複数形ということは、金正恩だけではないということで、該当するのは娘しかいない。 金正恩の動静を伝える北朝鮮メディアは今年1月以降、「お子さま」が主語となる文を記事中で使うようになった。以前は「敬愛する金正恩同志が愛するお子さまとともに……を視察された」などと表現されていたのだが、これが「尊敬するお子さまが同行された」という独立した一文に変わったのである。内閣総理ら他の随行幹部の名はその後に列挙されている。
そもそも自らの家族を国民に見せる金正恩の姿勢は父とは明確に異なっている。金正日(キム・ジョンイル)時代にも妹の金慶喜(キム・ギョンヒ)や、その夫である張成沢(チャン・ソンテク)が重用されたものの、北朝鮮メディアで動静が報じられるのは党や政府の高位に就いている人物としてであり、金正日の親族だからではなかった。金日成(キム・イルソン)の妻である金正淑(キム・ジョンスク)も同様で、抗日パルチザン闘争を夫と共に戦った英雄と位置付けられていた。