「障害者が頑張ったから素晴らしい、ではない」 ろう者の俳優・長井恵里が望む社会の変化
■俳優の道を歩む決意したできごと「当事者が演じることが大事」
その後、俳優の道を歩む決意をしたのには、ある映画の影響がありました。耳の聞こえない両親の元で育った少女の夢と家族の絆を描いた映画『コーダ あいのうた』です。両親や兄役を実際に聴覚障害のある俳優が演じたことでも話題になり、2022年の米・アカデミー賞で作品賞、助演男優賞、脚色賞の3冠を獲得しました。 授賞式を見て「当事者が演じることが大事」だと感じたという長井さんは「(私は)ろう者は演じることができると考えていなかったんです。ろう者の子供たちが将来、どんな仕事がしたいか考えた時、やはり聴者と比べると選択肢が狭い。私もテレビや映画に出るのは無理だとずっと思ってきました」と自身の経験を顧みた上で「やはりアメリカは進んでいます」と語ります。
日本とアメリカの違いについて「障害者に対する見方も、日本とは少し違うんだなと思いました」とし「日本だと、“少し隠された存在”というものがあります。でもアメリカでは映画の中でも、ろう者のアイデンティティーをはっきり出して手話で話す。ありのままを映しているのがすごくよかった。それが賞を受賞できたのが非常にうれしかったです。日本は(ろう者の受賞を)“すごい”と言うだけではだめだと思う。今後は“障害者が頑張ったから素晴らしい”ではなく、“1人の役者”として評価されるようになってほしいです」と、変わってほしい社会に対しての思いを明かしました。
■「ろう者だからではなく、長井だから選ばれるように」
長井さんが演技をする上で難しいと感じているのが、聴者と息を合わせることです。ろう者同士の手話での息づかいと、聴者同士の口話での息づかいは違うため、演技のリズムにも影響があるといいます。長井さんは「もっと幅を広げていくために、聴者と共にやることに慣れていかなければいけないと思ったんです。聴者と一緒に演技していくために、聴者向けのワークショップに参加しています」といい、ろう者を想定していない役のオーディションなどにも参加しているといいます。 様々なハードルがありながらも、俳優として活動の幅を広げる長井さん。今後の目標を聞くと「デフアクター(ろう者・難聴者の俳優)の数をもっと増やしたい。ライバルが増えるのはうれしいことです。競い合って切磋琢磨(せっさたくま)して、自分自身もよりよい演技をしていきたい。“ろう者だから選ばれる”のではなくて“長井だから選ばれる”というような存在になるのが目標です」と意気込みを語りました。 「映画を見てもらって、自信を持って演技をしているろう者の表情や演技を見て、違う文化だなと興味を持ってもらって、それがきっかけとなって、ろう者を見る機会が増えて、社会の中でも障害者に対して“蓋をして見ないようにする”ようなかわいそうな存在ではなく、“普通の存在”として扱いが変わってほしい」と思いを明かしました。