【ジャーナリスト伊藤詩織さん】"女性だから"の儀式の正体「FGM」の取材を通して考えたこと
アフリカや中東の国々の一部には、女性器の一部を切除する「FGM」という古くからの慣習があります。近年西アフリカのシエラレオネで広がりつつある、女性器の切除を伴わないFGMの儀式「イエローボンド」を取材した伊藤詩織さんに、現地を取材して感じたことや、ご自身がジャーナリストを目指したきっかけなどを伺いました。 伊藤詩織さんの近影をもっと見る
FGMとは… 女性器の一部もしくは全部を切除する古くからの慣習で、世界ではアフリカや中東、アジアの一部の国々を中心に2億人の女性が経験しているとされる。クリトリスなどを含む女性器外部を切り取るもの、切り取った後に女性器を縫い合わせ、尿と月経時の経血が通るだけの小さな穴を残すものなど、主に4タイプがある。多くの場合は貞操を守るため、性的快楽が得られないようにすることが目的。縫い合わされた女性器は、結婚すると切り開かれる。出血多量や感染症で命を落とすケースも多く、ユニセフ(国連児童基金)は命の危険も伴う人権侵害として根絶を目指している。
■「FGMの儀式を受けないことは、その女性の結婚やキャリアなどにも影響するといわれます」 ──2020年に撮影された「FGM(女性器切除)」の取材を始めたきっかけから教えてください。 伊藤さん:取材を始めるまではFGMという言葉や慣習について何となく見聞きしてはいたものの、具体的なことまでは知らなかったんです。 2014年に大流行したエボラ出血熱などで親を失い、必要な保護を受けられない環境下で性暴力に遭ってしまった子どもたちの取材をシエラレオネで進めていたとき、現地では約9割の女性がFGMを経験していることを知りました。活動をはじめたのが2018年、そこから3~4年間、取材を重ねてきました。 FGMを受けた女性たちは「ボンドソサエティー」という“秘密結社”に入ることで一人前の女性として認められますが、儀式を受けていないことは、その女性の結婚やキャリアなどにも影響するといわれます。 2018年の取材で、シエラレオネの女性たちと話をしていて「実は、近所に反FGMの啓蒙活動をしている二人がいる」と紹介してもらったのがアジャイとファタマタという二人の女性でした。当時、アジャイは18歳ぐらい。彼女たちを通じて後に、「イエローボンド」と呼ばれる女性器を切らないFGMの儀式が広がりつつあることを知ったんです。 ──儀式の取材は、どのようにして実現したのでしょう? 伊藤さん:2年ほどかけてボンドソサエティーとコンタクトを取る中で、イエローボンドが行われる聖なる森(ボンドブッシュ)で私も儀式を受けることを条件に、撮影の許可をいただきました。 ──独特な慣習を持つ文化の中に入るうえで、注意を払われたことはありますか。 伊藤さん:FGMという慣習になじみのない部外者として、先入観を持たないようにすることです。ただ、FGMに限らず、子どもたちが自分で良し悪しの判断ができない状態で半強制的に体を傷つけられたり、それによって命を落としたりするのであれば、それはいかなる慣習でも、人権から考えれば許されない行為です。たとえ「あなたの国とは違う」と言われても、「子どもたちを守る」という軸は持っておこうという思いがありました。 あとは、とにかく子どもたちが怖がることのないようにWatchdog(監視役)としていられたら、という思いもありました。いざ現地に入ってみたら、まったくプラン通りにはいきませんでしたけれど。 ■「FGMは、その地域の女性社会の中での生き方を叩き込まれる場でもある」 ──動画を拝見すると、ボンドブッシュで女の子たちを“教育”する立場とされるソウェイ(村の年長女性)たちの威圧的な振る舞いも異様な雰囲気でしたね。有無を言わせない感じというか。 伊藤さん:6歳から19歳ぐらいまで60人ほどの女の子と生活を共にしましたが、外部との接触は一切禁止され、ソウェイの指示は絶対だと教えられました。私は部外者、取材者としてそこにいるはずなのに、子どもたちと同様にソウェイたちに従わないと取材が許されない。不思議な力関係に支配された場でしたね。 最初の夜は、ずっと太鼓の音が鳴り響いていて寝られないんです。数年前までは、この場所に女性器を切除された女の子たちがいて、きっと太鼓の音だけじゃなく彼女たちの叫び声や泣き声も聞こえていたんだろうな、たくさんの血が流れたんだろうなと思うと…。実際、今もまだ起きていることですし。 ──伊藤さんが撮影したドキュメンタリー映像では子どもたちの笑顔も見られましたが、きっと数年前まではもっと重苦しい空気だったのでしょうね。 伊藤さん:本当に。子どもたちがゴム跳びをして遊ぶのも、外陰部を切除した後の根性試しとして行われていたチャレンジらしくて。撮影に入る前は、よき女性もしくはよき妻であるために必要なことを教えると聞いていたけれど、昔の日本でいう花嫁修行のような料理や作法を習うわけでもないし、とにかくどれだけ村の年長者に服従しているかを試されている感じがありました。 体験したからこそ感じるのは、FGMは外陰部を切る慣習というだけでなく、その地域の女性社会の中での生き方を叩き込まれる場でもあるということ。その地で生きていくなら従わざるを得ない状況があるのだなと。それが地方であればなおさらですよね。 ■「大学生の前でドキュメンタリーを上映したとき、”自分も精神的にFGMをされてきた気がする”と」 ──伊藤さんのエッセイ『裸で泳ぐ』では、儀式の後半でマラリアと腸チフスにかかり深刻な体調であったにもかかわらず、ギリギリまで現地に留まってしまったと書かれていて、伊藤さんでさえも数日で現場の空気に取り込まれてしまったんだ…と驚きました。 伊藤さん:あれは自分でもびっくりでした。マラリアを発症したのに「儀式中に外に出ると悪魔に襲われて死ぬ」と小屋に閉じ込められてしまって。助け出してくれた仲間からは「どうして自分で動けるうちに森から出なかったんだ」と言われたけれど、あのときの私は有無を言わさず服従させられる環境や圧力の中で「せっかく取材させてもらったのに、私がここから逃げるのは無理」と思ってしまったんですよね。だから、1年くらいは取材した映像を見るのもちょっと怖くて。 ドキュメンタリーとしてまとめるときも、単に「女性器を切除されなくてよかったね」という話ではなく、FGMを取り巻く国内外の動きも含めてどう伝えればいいのか、構成にもかなり悩みました。 一方で以前制作したFGMのドキュメンタリーのEpisode1、Episode2(Yahoo!にて公開中)を大学生の前で上映したとき、一人の女性が「こうした慣習としてのFGMの経験はないけれど、自分も精神的にFGMをされてきた気がする」と話してくれました。その言葉を思い出して、ドキュメンタリーで伝えることの可能性を再確認したんです。 ──確かに、国や形式は違っても「こうあるべき」というフレームに収まるよう求められる場面は、きっとどこにでも存在しますよね。 伊藤さん:そうなんです。すごく遠い国の話だったとしても、身近に経験した人がいなかったとしても、要素的に重なる問題はたくさんまわりに存在しているし、私はそれをドキュメンタリーで伝えたい。 だからFGMの取材でも、子どもたちの間で新しい遊びが生まれる瞬間や、観ている人が「うちの妹に似てるな」「こういうおばあちゃんいるよね」と感じれられるような日常の瞬間を撮影できたらと思いながらカメラをまわしていました。 ■「生きるというのは自然に与えられた、当たり前のものじゃない」 ──世界各地で取材を続けていらっしゃる伊藤さんですが、ジャーナリストという仕事を意識されたきっかけは何だったのでしょう? 伊藤さん:大きかったのは高校時代のアメリカ留学ですが、きっかけは中学生のときに入院して、病院の院内学級に1年ほど通ったことでした。昨日まで一緒にいたクラスメイトが、翌日にはもう教室にいない。そういうことが日常になっていく中で、生きるというのは自然に与えられた、当たり前のものじゃないんだと痛感しました。 でも、そんなに貴重な人生なのに、「まわりと違う意見を持ってはいけない」という社会からの圧があることにすごく矛盾を感じて。残りの人生がどれくらいあるかわからないけど、自分に何ができるのか知りたい、何かやってみたいと漠然と考えるようになり、高校時代に留学プログラムを見つけて参加しました。 行き先は、アメリカのなかでもすごく保守的なカンザス州。自分たちの州から出たことがないクラスメイトがほとんどで、「日本出身なんだ、中国のどこ?」みたいな。 情報がいかに人を形づくるかということを目の当たりにしたのが衝撃で、そこからニュースを見るようになりました。そして、いろいろな情報を自分の経験とあわせて伝えるジャーナリストという仕事を知ったときに、これだ!と思ったんです。 ──性暴力やFGM、戦争、震災と、さまざまな現場を取材されていますが、取材テーマはどのように決めているのでしょうか。 伊藤さん:最終的に自分の興味が向かうのは、ジェンダーや子どもの人権にまつわることが多いですね。スウェーデン人ジャーナリストで同世代のハナ(・アクヴィリン)と一緒に設立した私たちのドキュメンタリー制作会社「HANASHI FILMS」でも、ジェンダーや人権の問題にフォーカスを当てることをモットーにしています。 ▶【ジャーナリスト伊藤詩織さん】インタビュー後編「当事者が声を上げないと次に進めない状況は、もう終わりにしないといけない」 映像ジャーナリスト 伊藤詩織 映像ジャーナリスト。BBC、アルジャジーラ、エコノミストなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。2020年米TIME誌の世界で最も影響力のある100人に選出される。著書に『裸で泳ぐ』(岩波書店)『Black Box』(文藝春秋社)など。2019年ニューズウィーク日本版の「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。2022年には「One Young World」世界若手ジャーナリスト賞を受賞。長編ドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』が2024年サンダンス映画祭に正式出品され、世界各地で公開が決定。Yahoo!ニュースでFGMなどをテーマにしたショートドキュメンタリーを配信中。 撮影/垂水佳菜 取材・文/國分美由紀 企画・構成/渋谷香菜子