娘と約束「じゃあ、人工心臓を作ってやる」へこたれない父親へ…愛したことへの報酬 映画『ディア・ファミリー』
【渡邉寧久の得するエンタメ見聞録】 心臓に疾患があり、手術は不可能。9歳の次女の余命は約10年と診断される。 インターネットを検索すれば、日本中の名医の情報が簡単に分かる時代ではない。ノートには手書きで病院名が書かれ、父は一軒一軒訪ねては、治療を懇願するが答えは同じ。 1970年代当時の医療水準では治らない。アメリカの病院からも「手術はできません」という手紙が届く。 娘の父・坪井宜政(大泉洋)はあきらめが悪い。「じゃあ、人工心臓を作ってやる」と、娘と無謀とも思える約束をする。その奮闘を描いた映画「ディア・ファミリー」(月川翔監督)が14日、公開された。 医学的な知識があるわけではない。ただの町工場の経営者。医師から見ればズブの素人だ。徒手空拳である。ところがそこで、へこたれない。 パートナーとなってくれる医療機関を探し、自らも膨大な研究資料を読み、試作を繰り返す。費用も用立てないといけない。10億円単位の金がかかる。 あきらめの悪い父の駆動力になるのは、妻の陽子(菅野美穂)と3人の娘、奈美(川榮李奈)、佳美(福本莉子)、寿美(新井美羽)への限りない思いだ。手が施せない心臓疾患の子供を抱えた不幸な家族という枠を自分たちであっさり取り壊し、あすへと向かおうと奮闘する物語。 すべてが順調に進むわけではない。パートナーと思っていた医者の進路変更や裏切りにも似た対応にも合う。その際に、父の背中を押したのは、妻のひと言「次はどうする?」 10年という限られた時間に、人工心臓は間に合わなかった(現在もない)。ところがその過程で得た知識を、父親は別の医療に役立てようとする。その結果、日本初の医療機器「IABPバルーンカテーテル」を作ることに成功。現在までに17万人の命を救っているという。 原作者の作家、清武英利さんは「奇跡ではなく、愛したことへの報酬だ、と私は思う」と記している。愛という言葉では測れないほどの深い愛を持つ人間がいるということ、一瞬一瞬の積み重ねでしか人は前に進まないということを、恣意(しい)的ではない形で描いた撮影陣と出演陣の見事な結晶。上半期を締めくくる見ごたえのある1本だ。 (演芸評論家・エンタメライター) ■渡邉寧久(わたなべ・ねいきゅう) 新聞記者、民放ウェブサイト芸能デスクを経て演芸評論家・エンタメライターに。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞などの選考委員を歴任。東京都台東区主催「江戸まちたいとう芸楽祭」(ビートたけし名誉顧問)の委員長を務める。