打ち出し始めた「中国の脅威」 安保法案の議論は参院で深まるか
安保法案が衆議院で可決され、審議の場が参議院に移りました。衆議院で行われていた議論では、「集団的自衛権」に対する憲法論が主な争点となり、抽象的な面が大きいまま採決に至りました。しかし、安倍首相は7月29日の参院平和安全法制特別委員会で、「中国の力による現状変更の試みに対しては、事態をエスカレートすることなく、冷静かつ毅然として対応していく」と述べ、安保法案に関する具体的な問題について、少し踏み込んだ言及をしてきました。どうしてこのような変化が生じたのでしょうか。憲法論との関係や、参議院での議論のポイントなどを、前衆議院議員の三谷英弘弁護士に聞きました。
法案への理解が進まず方針転換
――参議院の審議に入って、安部首相は具体的に「中国の脅威」を強調し始めました。この点についてはどう思いますか? 正直に申し上げて、東・南シナ海にてどう中国を抑え込むか、どう中国の武力攻撃を抑止するかを論じることなく、今回の法案の真の目的を理解することはできません。安部首相も、衆議院ではこの問題にあえて触れずにきましたが、ここへ来て国民に対してこの問題を説明することは避けられないと考えたのだと思います。 中国は東・南シナ海から外海に進出するため、日本のみならずフィリピン、インドネシア、台湾、マレーシアなどが持っている領域を突破したいと考えています。そのため、軍事費を増大させ、南沙諸島での埋め立てや空港建設などを行い、実行支配を強めようとしています。 また、アメリカも国力を落とし、太平洋における軍備から手を引きたがっています。日本も完全にアメリカに依存するのではなく、自国の安全は自国で守り、他国と共同して活動することを今まで以上に考えなければならないという現実があるといえるでしょう。 中国の拡大政策に対する抑止力として「集団的自衛権」は不可欠のものになっているのです。現実的な国際派の有識者で「集団的自衛権」などなくても中国の拡大政策を抑止できると言っている人はいないでしょう。 ――どうして、この問題は衆議院の審議ではあまり表に出てこなかったのでしょうか。 中国を「仮想敵国」とすることは、国会の審議ではなかなか正面切って言いにくい部分だったのだと思います。冷戦の時と比較してみると分かりやすいでしょう。この時は、安全保障戦略において、ソ連を「仮想敵国」としても大きな問題は起きませんでした。なぜなら、当時は世界的な情勢としてアメリカとソ連の2軸対立構造が明確で、ソ連と多少の経済的つながりはあったとしても、アメリカとの同盟関係のメリットとは比較にならなかったからです。 しかし、現代における中国との関係はそうではありません。中国とは、地理的な距離も近いし、人的、経済的な結びつきも極めて強いです。こうした状況を考えると、現在は中国への配慮をしながら、現実的な安全保障の問題に対応していくという政治的なバランスが求められる時代になっているといえるでしょう。そういう意味では、安保法案の審議で中国を名指しすることにも、当然、リスクやデメリットが伴います。しかし、ことここに至っては、この議論にいつまでも目を背けているわけには参りません。特に与党においては、安保法案への理解が進んでいないという現実を目の前にして、この点に踏み込む決意を固めたのだろうと思いますし、その点は評価できると考えています。