モスクワ劇場テロは「氷山の一角」…いま「イスラム国」が息を吹き返し、新たなテロの時代が訪れた訳
「自由の戦士」として勢力拡大するテロリスト
イランと最も親しい国であるロシアと中国もこれに続いた。この3国は全て、ある意味でタリバンをアフガニスタンの事実上の支配者と認めた。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、タリバンが任命した中国大使の信任状を正式に受理した。 ロシアはソ連時代の79年に始めたアフガニスタン侵攻で米軍が支援した武装組織に痛い目に遭わされた経験から、今でもこの国への関与には及び腰だが、22年にはタリバンの外交官のモスクワ駐在を認めた。規制対象のテロ組織のリストからタリバンを外すことも検討している。 中央アジア諸国など周辺の国々も慎重姿勢を取りつつタリバン政権に関わり始めている。これらの国々は地域紛争が再燃し、過激なイデオロギーが広がるのを防ぐために、タリバンを緩衝材として利用したいのだ。 パキスタンは長年タリバンのパトロンだったが、自国に拠点を置く「パキスタン・タリバン運動」(TTP)とは以前から交戦状態にある。一方インドは、タリバンと付き合うことの戦略的利益と長期的コストをてんびんにかけ始めたところだ。 タリバンのような武装組織が政治的正統性を獲得することは、今や世界的な潮流になりつつある。例えばイスラエルのパレスチナ自治区ガザを揺るがすイスラム組織ハマスとイスラエル軍の戦争。発端は昨年10月にハマスが仕掛けた残酷な奇襲攻撃だったが、今ではハマスの言い分が国際社会で一定の支持を得ている。自分たちはテロ組織ではなく、パレスチナ解放を目指す革命的な勢力だというハマスのナラティブ(語り)が受け入れられたようだ。カタールに拠点を置くハマスの政治部門の指導部は、モスクワで起きたテロを非難する声明まで出した。 イスラム過激派のテロ組織が別のイスラム過激派組織が行った残虐なテロ行為を非難する──そんな茶番がまかり通るほど、今の世界は愚かしい状況に陥っているのだ。 ハマスの政治部門の指導者たちは支援拡大を求めてイランとロシアを訪問。中国は戦闘中止を呼びかけているが、いまだにハマスを名指しで非難することを控えている。中ロとイランは程度の差はあれ、アメリカの影響力と覇権を切り崩すためなら、ハマスのような武装組織とも喜んで手を組む、ということらしい。 9.11同時多発テロ後に生まれ、「グローバルな対テロ戦争」を支えてきたテロ対策の強固な国際協力の枠組みは今や急速に瓦解しつつある。ロシア政府は15年までアフガニスタンに軍事物資を運ぶNATOの輸送機が自国の領空を飛ぶことを許可していたが、今ではそんなことは考えられない。 ISのような組織にとって、これは願ってもない状況だ。覇権を争う国々の多くはISを安全保障上の脅威と見なし、軍事的解決が必要だと考えている。だが覇権争いの激化で世界は分断され、深い亀裂に引き裂かれている。その巨大な裂け目こそテロ組織がぬくぬく育つ温床となる。 こうした「新しい現実」の下では、テロとの戦いで一致団結した効果的な国際協力の枠組みなどとうてい生まれそうにない。 ではグローバルなテロとの戦いを誰が率いるのか。軍事的には、今でもアメリカは世界最強の部隊を対テロ戦争に送り出せる。19年には当時のISの指導者アブ・バクル・アル・バグダディを殺害。その後ISの指導者は顔も名前も表に出さない影の存在となったが、シリアで展開された米軍主導のIS撲滅作戦「生来の決意作戦」はその後も成果を上げてきたし、今も上げ続けている。 だが、その成果も限定的と言わざるを得ない。モスクワ近郊で起きたテロ後にISのアンサリ報道官が豪語したように、ISとその系列組織は世界各地に散らばり、影響力を広げ続けているからだ。 アフリカでは、ISと戦う地元の軍閥や自警団をロシアが支援。特にアメリカ、フランスなど西側の駐留軍が住民の反感を買っている国で影響力を広げようとしている。反政府勢力をつぶし、ISなどのテロ組織との戦いを支援することで、マリやブルキナファソなどの政権にテコ入れし、その見返りに自国の権益を拡大する──中ロは今、こうした試みに前のめりになっているようだ。 ロシアで起きたテロが示したのは、大国間の競争激化でテロ組織が活動しやすい状況が生まれ、イスラム過激派のテロが再び世界中で猛威を振るうリスクが高まっていることだ。 「ある人にとってのテロリストは、別の人にとっての自由の戦士だ」とはよく言われる言葉だが、その真偽は議論の余地がある。イスラム過激派のテロ組織はこの言葉を「勝利の方程式」として利用し、脅威と見なされる立場を脱して、国家と堂々と渡り合える存在になろうとしている。 From Foreign Policy Magazine
カビル・タネジャ(オブザーバー・リサーチ財団フェロー)