扇久保博正を奮起させた妻の言葉 憧れた猛者を越えた先に見据えるタイトルへの野望「世界トップだと再認識できた」
誰もが勝者と分かる決着ではなかったかもしれない。それでも内容は圧勝だった。 12月31日に埼玉・さいたまスーパーアリーナで実施された格闘技イベント「にゃんこ大戦争 presents RIZIN.45」で、扇久保博正(パラエストラ松戸)は、ジョン・ドッドソン(アメリカ/JACKSON-WINK MMA)に判定勝ち(3-0)。21年12月に行われた朝倉海とのRIZINバンタム級JAPANグランプリの決勝以来となる2年ぶりの白星を掴んだ。 決して楽な相手ではなかった。直近3戦で連敗を喫していた扇久保と対峙したのは、かつてUFC(米総合格闘技団体)で10勝(7敗)を挙げた名手ドットソン。22年の大みそかで初参戦となったRIZINでも無敗(2戦2勝)。今年5月の「RIZIN.42」では竿本樹生を判定勝ちながら返り討ちにし、衰え知らずの強さを見せつけていた。 打撃でも相手に一日の長がある。そんな猛者との一戦で扇久保を発奮させたのは、愛する妻からの言葉だった。愛息子と遊ぶ姿を見た京香さんから「ファイターの顔じゃない」「一人で練習しろ」と発破をかけられた。 これで決意を新たにした扇久保は短期的ながら一人暮らしを開始。緊張感を高めながら、トレーニングに集中。自ら「雲の上のような存在」と語るドットソンとの対戦に万全の状態を作り上げていった。実際、チーム関係者は「調子がいいですよ。昨日も寝れたみたいだし、今までで一番良いぐらいだと思う」と明かす。仕上がり具合は最高潮だった。 1ラウンド目から徹底的に磨き上げた“対策”は効果を発揮した。1分30秒過ぎにドッドソンをグルっと振り回してテイクダウンを奪うと、終了間際にはパウンドの態勢から烈火の如くパンチを浴びせ、攻勢を強めていった。 2ラウンド目以降はドットソンに間合いを詰められ、寝技への警戒が強められた。それでも扇久保は冷静さを失わなかった。互いにフックやローキックを繰り出しあう攻防戦が続くなかでも「」と欲を出さず、元UFC戦士の動きをクレバーに見定め続けた。 試合終盤にはテイクダウンディフェイントを見せてから、近距離からの右ハイキックをガードの上から食らわせると、左の上段蹴りも打ち込んだ。ドットソンの自信を持つ打撃でも凌駕した。 結果的に3-0の判定勝ちを収めた。まさに完勝と言えるパフォーマンスには、努力を積み重ねた本人も自信を深める。試合後の会見で36歳のベテラン戦士はこう語った。 「対策通りにできたかなと思います。僕の中ではこのドットソンとの試合はUFCでも組まれていてもおかしくないカードだと思っているんで。彼はUFCで2回タイトルマッチを戦っていて、フライ級では本当に世界トップレベルの選手。その選手に勝てたってことは自分がフライ級では世界トップレベルだと再認識することができた。僕の中ではかなりトップレベルに嬉しい勝利です」 今後は、この大みそかに堀口恭司が神龍誠を倒して王座についたフライ級のタイトル戦線に挑む。「やっぱり僕は格闘家。試合で勝つってことが本当に幸せなんだなと改めて思いました」と充実感を滲ませた扇久保。憧れの存在を越えた男はまだまだ色褪せない。 [取材・文:羽澄凜太郎]