女子プロレスラー・小石川チエ名前の由来…「みんなで後楽園に行けるように」8・31我闘雲舞・後楽園でついに実現!
プロレスをはじめたきっかけ、自身の名前の由来
――ここからどうプロレスに繋がっていくのでしょうか。 チエ その時の2個上の先輩がプロレスの好きな方で。私は中学生のころからキン肉マンが好きで、部活って練習着が自由だったんですよ。1年の時は体育着ですけど、あとは何を着てもいいのでキン肉マンのTシャツを着たりして。モンゴルマンのTシャツみたいな。それで先輩から「プロレスってものがあるんだよ」って話をされて、「ふう~ん」って思って、夜中にやっている「ワールドプロレスリング」を見た時に、「なんだこれは、ペンタゴンみたいな人がいるな」って(笑)。 ――おそらく、誰かマスクマンが出てたと(笑)。 チエ いえ、素顔でしたけど(笑)。静岡県って半年くらい放送が遅れていたんですよ、自分が住んでいたときは。SNSで見る最新の情報とテレビの情報が全然違うーって。「おかしいおかしい、聞いていた話と違う?」って思いながらテレビで追いかけて(笑)。それと同時に、スマホゲームの「リングドリーム」というDDTさんとコラボしていたゲームがあって、それをやったり、ニコニコとかで…当時公式の動画がユーチューブよりもいっぱい上がっていたので、それを見たり。 ――そこから初めてプロレスを実際に見に行ったのはどういう流れからでしょうか。 チエ その「リングドリーム」というのはネットゲームがメインなんですけど、その抽選で当たって初めてプロレスを見たんです。ネットゲームの上位何名かをご招待みたいな。高校2年の時に、お母さんと一緒に新宿FACEに行きました。ゲームをやってる人しかいないような空間の、変な大会があって、「変だな~」と思いながら行ったのが最初でした。それで、「これおもしろ~い」って思って、静岡にプロレスの大会が来たら、部活の大会終わった後とかに剣を背負って、部活の友達を「高校生安いから。行くよ」って無理やり連れて行きました。みんな剣を背負って(笑)。部活の試合会場からプロレスの会場まで歩いて10分くらいなんで、新日本さんとか、DDTさんとか、ドラゴンゲートさんとか色々行きました。 ――これだけプロレスを見ていると、やってみたいという気持ちにはなっていきましたか。 チエ プロレスをやってみたいっていう気持ちはもともとあって…、私はプロレスラーになれるわけはないと思っていたので、なれるわけはないけど、プロレス教室に行ってみたいな、みたいな。それでプロレス教室とか探すじゃないですか。その時にたまたまさくらさんのツイキャスか何かで、ダレジョをはじめるとか、はじめられたとかそういうのをちらっと聞いて、そんなのあるんだーと思いつつ、それから半年くらいかな、それが高校卒業したあたり、就活しているときに大規模企業説明会とか行った帰りにダレジョに一回行きました。それが、すごい辛くて(笑)。さくらさんのダレジョってすごく基礎体とかしっかりされたりするので、「うー、これは大変だー」と思って。 ――そこからダレジョの常連に…。 チエ いえ、それから時は流れて(笑)、結局、静岡の短大に進んだので行く機会がなくなりまして。本当は東京の専門に進学とか選択肢はいろいろあったんですけど、将来のことを考えたら短大のほうがいいんじゃないっていうので、自分は三島出身なんですけど、静岡市のほうの短大に行きました。それで、地理的に東京が遠くなるという(笑)。短大だったので授業がフルで入っているんですよ。1限から6限まで。だから、短大が終わると、一時的にいけないんですよね(笑)。それに翌日も、静岡まで1時間くらいかけて電車で行ってたので、夜遅く帰るのもしんどいし。 ――環境的に、ダレジョ行きたくても通えないと(笑)。 チエ そうなんです、シンプルに(笑)。ダレジョ行きたいな~って思っても。1回行ったきりでしたけど、その半年後に就職するんですよ。それで、東京で就職するんですよ。一人暮らしも初めてで、なれない環境で、結構辛くかったですね。でもリングのあるダレジョのSHOW CASE、の次の回から来てるんです、自分。 ――それは他のメンバーに比べたら、どれくらいの時期に当たるんですか。 チエ 他のメンバーに比べたら自分が一番行き始めたのが遅いんですよ。みなさん下積みがあって、里歩さんが退団される新宿FACE(2019年7月4日)の大会で、「プロレスやります!」ってなったんですけど。 ――あのとき、練習生を紹介するときに、まだチエさんは…。 チエ 自分はまだ上がってないです。 ――チエさんはまだプロレスラーになる決心まではたどり着いていなかったんですか。 チエ やってみたいってみたいな気持ちはあって、里歩さんが辞めるときに「誰でもいいからデビューさせるのよ!」ってさくらさんが言われてるときがあって。「デビューするのは今しかないのよ、どう?」みたいな。みんなに声掛けてるんですよ。「プロレスとか興味ない? やるほうに」ってみたいな感じで、自分もその中の一人で。でも、その時点では自分も仕事をしているじゃないですか。その両立とか、一人暮らしも生活が回らなくて大変とか、いろいろあって、悩んでで。その頃、エビスコさんに通っていたんですよ、常連客として。ある時、プロレスラーになるかならないか悩んでいた時に、帯広さんが入っている日に行ったんですよ。それで帯広さんに泣きながらいろいろ話をして(笑)、そこで、帯広さんがいる場所で、ここでデビューしたいと思って、「デビューします!」っていうのを言って、それがあのFACEのすぐあとだったんです。 ――あの新宿FACEの後、翌月の新木場大会(8月28日)でデビューされていますよね。 チエ してます! 7月の後半にあったダレジョEXTRA(7月27日)のちょっと前にさくらさんに「プロレスラーになりたいです」、って話をしてて、ダレジョEXTRAでリングネームをもらって、そこから1カ月でデビューするという…(笑)。 ――あっという間に決めて、あっという間にデビューしたわけですね(笑)。リングネームの「小石川チエ」という名前をもらったときはどうでしたか。 チエ なるほど!と思って(笑)。本当にプロレスラー目指すんだったら、EXTRAのときは練習生で紹介されるので、デビューしなかったとしても人前に出るから名前を付けたほうがっていうのがあって、「リングネームどうする?」って話をさくらさんとラインでさせていただいていたんですけど、何個か候補に送ったのが全部没で、「当日までに考えとくわ」って言われてて、当日ちょっと早めに来て、って言われてて、入口のところで、「おはようございます、今日よろしくお願いします」って言ったら、「うーん、あなたチエってどうかしら?じゃりン子チエのチエよ」って。「ほー、わかりました」って感じでした(笑)。 ――じゃりン子チエってわかります? チエ わかります、ホルモン焼きの。お父さんが好きで、あんまり観たことはないけど、なんとなく知ってるみたいな。「あなた、顔が似ているから、じゃりン子チエどうかしら」って言われて(笑)。 ――たしかにちょっと似てるかも(笑)。いつも髪を括られているのもじゃりン子チエを意識している? チエ そうですそうです、似せに行く努力をしてます(笑)。 ――あと、小石川というのは? チエ じゃりン子の小石と、みんなで後楽園ホールに行けるように、(後楽園の近くの)小石川の両方から撮って小石川チエという名前をいただいて。 ――では、まさに今回、みんなで後楽園ホールに行こうというタイミングが訪れたわけですね。 チエ 「我闘雲舞で、後楽園ホール行こう!」って発表をされた時(23年11月20日新木場)に、自分はケガをして欠場していて、「これ私、後楽園に行かなー行かなー!」って思ってました(笑)。 ――誰よりもチエさんが一番いかないといけない選手ですよね。でも「小石川」って名乗っていたら、小石川出身だと思われませんか。 チエ よく「小石川出身ですか」って聞かれます。「全然静岡です」って答えるしかなく…「違います」って。「行きたいんですよ、後楽園に」というと、みなさん納得してくださいます。 ――まさに今回、後楽園に行くことになったので、小石川の名前をとどろかせてください。期待します! <インタビュアー:泉井弘之介>
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