中谷美紀さんが挑んだNY公演の怒涛の59日間、『オフ・ブロードウェイ奮闘記』【インタビュー前編】
舞台のお稽古から初日、そして公演が終わるまで、日記を綴るように日々の出来事が詳細に書かれていますね。普段は知ることない世界をのぞき見ることができて、とても面白かったのと、中谷さんのたいへんな苦労を一緒に経験しているような気持ちになって、読み進めるにしたがって本番への緊張が高まりました。そもそも今回、これを記録として残そうと思ったきっかけはありましたか? 中谷さん ひとつは、2023年の2月、お稽古に入る前に演出家のフランソワ・ジラールさんがお食事に誘ってくださったのですが、そのときのお話が忘れられないものだったのです。ロシアがウクライナへ侵攻を開始したのが2022年2月24日なのですが、ちょうどそのとき、フランソワさんは、モスクワのボリショイ歌劇場で、ご自身が手がけたワーグナーのオペラのプレミアを迎えていたというんですね。そのお話は手に汗握るもので、同じ時代を生きる者として、書きとめておかないといけないと思ったんです。もうひとつは、やはりバリシニコフさんという、伝説のバレエダンサーと共演するという機会をいただいたことです。彼の創作に携わるお姿を拝見して、大袈裟ですけれど、私にはこれを記録する使命があると考えました。バリシニコフさんという方の存在は、人類共通の財産だと思ったんです。 【写真】『オフ・ブロードウェイ奮闘記』中谷美紀・著 2023年、ニューヨークで行われた舞台『猟銃 THE HUNTING GUN』でひとり3役を演じた中谷美紀さんの日記エッセイ。怒って、泣いて、演じ切った怒涛のNYブロードウェイの59日間の奮闘が本音で綴られている。2024年5月22日発売。(幻冬舎文庫)
バリシニコフさんの存在が舞台ではつねに拠り所に
本書を読んでいても、舞台との向き合い方からお人柄まで、バリシニコフさんが本当に素晴らしい方だとわかります。間近でご覧になっていかがでしたか。 中谷さん すごかったですね。稽古が始まった瞬間、鳥肌が立ちました。背景も何もない空間なのに、バリシニコフさんが猟銃を構えた瞬間に、深い森にいるような感覚になるんですね。森の中で、鹿なのか、鳥なのか、カサカサと音がして、そこに向けて銃を放ったときに、鳥がバサバサバサっと逃げていくところが見えるんです。銃口から出る煙まで見えるようで、本当にゾクゾクとしました。 これはご自身でもおっしゃっていたのですけれど、踊ったり、演じたりすることに関しては、すでにやり尽くしていて、強烈に何かを表現したいということはもうないんだと。今はバリシニコフアーツセンターの理事としての仕事と、家族との時間を分かち合うことで十分に幸せだとおっしゃっていました。 そんな中で主演でもなく、セリフもなく、舞台の後方でパフォーマンスをするだけの『猟銃』に出てくださったのは、この作品がご自身の物語と重なるところがあったからじゃないかと思うんですね。バリシニコフさんは、14歳のときに、お母様を亡くされるという経験をされています。『猟銃』では、母・彩子を亡くした娘・薔子に、おそらく自分を投影しながら演じていらっしゃったのではないかと思います。その思いの深さに私も自然と感情が引きだされました。 私自身、ニューヨークのお客様の前に立つという緊張感や恐れはつねにありました。でも、セットがうまくいかなくても、スタッフの動きが未熟だったとしても(笑)、バリシニコフさんがそこにいてくだされば、それだけで十分で、舞台ではつねに彼の存在を拠り所にしていました。
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