東京メトロ「上場」は苦難の始まり? 都は株売却に方針転換 毎日600万人以上が使う“都心の大動脈”は変わるのか
そもそも都は営団民営化に反対していた
これに反対したのが都でした。東京メトロは2004年の民営化、2008年の“最後の新線”副都心線の開業を経て上場する計画でしたが、当時、「地下鉄一元化」を求める石原慎太郎知事・猪瀬直樹副知事が株式売却に反対し、「国が売るなら都が買う」とまで主張したことで議論がストップしました。 石原知事の退任、後任の猪瀬知事の失脚で一元化論は勢いを失いますが、都はメトロ株を強力な交渉カードと位置付けて国と協議を重ねます。結局、2021年7月の交通政策審議会答申「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について」で、東京メトロが東京8号線(有楽町線豊洲~住吉)の整備主体になる見返りに、都が株式売却を受け入れる方向性が決まりました。 収益性や長期債務に劣る都営地下鉄との合併は、東京メトロの企業価値を棄損する可能性が高いため株主は反対するでしょう(もっとも都営地下鉄は発足が遅かった分、収益化に時間がかかっただけで現在は他の事業者と比較して見劣りするとは言えません)。もはや都にも一元化への意欲はないとはいえ、少なくとも都が主導権を握る形の一元化は不可能になります。 上場は、東京メトロの経営にどのような影響を及ぼすのでしょうか。営団の民営化方針が示されたのは40年近く前の1986年のことで、あわせて将来の民営化に向けて公益上支障がない範囲で関連事業への進出が大幅に緩和されました。駅出入口と一体化した駅ビルの開発や高架下店舗、駅構内店舗の設置はこの頃から始まっています。 民営化後はさらに加速し、エキナカ商業施設「Echika」や、鉄道施設を併設・転用した不動産の開発が進められましたが、営業収益に占める関連事業の割合は発足以降、大きく変わっていません。それどころかコロナ禍で流通・広告事業が鉄道以上に打撃を受けたため、関連事業の比率はむしろ低下してしまいました。大手私鉄各社が鉄道の落ち込みを関連事業の拡大で埋めたのとは対照的です。 都心のど真ん中を走り、毎日600万人以上の利用者がいる東京メトロの関連事業には無限の可能性があるように思いますが、東京メトロが所有する土地は少なく、駅構内の空きスペースは限られており、既存ストックを活用した事業展開は限界を迎えています。 とはいえ上場する以上、東京メトロは株主に明確な成長ビジョンを提示する必要があります。上場あるいは完全民営化がゴールではありません。これからが正念場であり、本当の意味での苦難の始まりなのです。
枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)