「感情」がないはずのAIに、「恋の歌」は詠める?…短歌を詠むためにAIが役に立つ「意外なこと」
高度なAIが日常にある「いま」
『AIは短歌をどう詠むか』ではなるべく流行にとらわれず普遍性のある話題を提供したい。そう思いつつも、やはりこの本を書いている「いま」は、AIと人について考えるにはとても面白い時代だと感じます。ChatGPTの登場によって、誰もが高度なAIを触れるようになりました。これは、過去を振り返ってみてもなかった出来事ではないでしょうか。ここでは、ChatGPTを用いた私たちの最も新しい取り組みとして、歌人の木下龍也氏をお迎えして開いたイベントについて書こうと思います。 2024年の4月に、朝日新聞社では「木下龍也さん×AI短歌 あなたのために詠む短歌」というイベントを開催しました。ゲストの木下龍也さんは、個人の想い(お題)を受けて短歌をつくる「あなたのための短歌」に取り組まれています。イベントでも参加者からお題を募って、それに対する木下さん自身の歌、そして「あなたのための短歌」を学習したAIの生成をみるということをしました。 AIは、ChatGPTでも使われているGPT–3.5という言語モデルに対して、100個の「お題」と「それに応える短歌」のペアを追加で学習することで用意したものです。その生成には木下さん自身も驚かれ、100件というとても少ないデータから「らしい」結果を生成する、最近の言語モデルの性能の高さを改めて知ることとなりました。 さて、実際のお題と、それに対する木下さんの歌、それからAIの生成を見てみましょう。 ---------- お題 昨年の春、図鑑編集者になりました。仕事は楽しく充実していますが、まだ何者にもなれていない自分が悔しくて、焦っています。 自分にしか世に出せない本とは何か、私らしい仕事とは何かを悩む日々を、少しだけ見ていてくれる短歌を下さい。 (神奈川県・20代) ---------- ---------- 木下さんの歌 青い実が赤く染まってゆくようにらしさはいずれきみに追いつく ---------- ---------- 生成(「あなたのための短歌」を学習したモデル) 何者も調べたことのない言葉とても素朴で遠くから来る ---------- ---------- 生成(「あなたのための短歌」を学習していないモデル) 未来を見つめ 自分を愛し 表現の道を 輝く星 その一つに 私もなろう ---------- 「何者にもなれていない自分への焦り」を寄せたお題に対して、木下さんはその人らしさが現れることを実が熟するさまになぞらえて歌にしています。「あなたのための短歌」を学習したAIの生成も、お題に対する答えが時間をかけてやってくることを、図鑑を連想させる「調べる」という行為で表しています。木下さんのデータを学習することで、ただ綺麗な言葉や正論を並べただけのアドバイスではなく、「一人の人へ向けた短歌」という形で生成ができているように見えます。データを学習していない素のモデルと比べてみても、その違いは明白でしょう。 イベントでは、生成された歌と見比べながら木下さんの短歌や作歌の過程に迫るとともに、実際にお題をいただいた方からの感想もいただくことができました。AIが誰かに向けた歌を生成して、その受け手が生の感想を伝えるという点でも、新しい取り組みとなりました。 木下さんとは、イベント前の打ち合わせの段階でも短歌生成のデモンストレーションをお見せする機会がありました。当初はその性能に「怖い」と率直な感想を述べられましたが、AIができること・できないことを知るにつれてその印象は変化し、イベント当日には健気に短歌を生成するAIに「真面目でかわいい」というコメントをいただきました。 お題を送ってくださった参加者の方も同様に、AIの歌からは「実感を感じないもの」かと当初は思っていたが、実際に学習して生成するさまを見て「愛らしさ」を感じ、「親近感も湧いた」との感想を寄せてくださいました。これは、AIに実際に触れその挙動を知ることで、人とAIの関係性が変化するという例を示しているでしょう。 皆さんの手元にもAIが「ある」時代が訪れています。ひとまず、手元のそれに触れてみる。いま、皆さんはAIに対して恐れや不安を感じているかもしれませんし、逆に大きな期待を抱いているかもしれません。 しかし、それらの感情は実際のAIとのやり取りの中で、変化していくでしょう。そこから新たな課題を見つけたり、また新たな関係性を構築したり、あなただけのAI付き合いの可能性が広がっていくかもしれません。
浦川 通