ビッグバン&マルチバース宇宙を130年以上前に予言した哲学者がいた!
---------- ビッグバン宇宙論にマルチバース宇宙論……現代の最新物理学理論を130年以上前に予言した哲学者がいたことを、みなさんはご存知でしょうか。その名はチャールズ・サンダース・パース(1839-1914)。ここでは彼の先駆的な宇宙論のコアを、『宇宙の哲学』の伊藤邦武氏が明らかにします。 ---------- 【写真】その哲学者の正体は…
「嫌われ者」の哲学者
チャールズ・パースは主として19世紀後半において、アメリカのみならずヨーロッパでも知られた科学者、論理学者、哲学者です。彼の父親はハーヴァード大学教授であり、当時のアメリカを代表する数学者でありましたが、彼はその父の期待を一身に担ってさまざまな分野で革新的な成果を上げました。 ところが、性格的な問題もあって、当時の大学の世界では嫌われ者となり、結果的に狭い意味でのアメリカの学界からは閉め出されたようなかたちになりました。その意味で彼はニーチェと同じように在野の思想家として一生を終えたのです。 パースはカントの哲学を徹底的に研究したうえで、カントが洞察することのできなかった新しい論理学や数学の地平を開拓し、結果的にカントを乗り越えるような形而上学の可能性に思いいたるようになりました。彼は自分のことを「新時代のライプニッツ」であると自負していましたが、その理論の真価は親友のウィリアム・ジェイムズなど、ごく少数の例外を除いてまったく理解されることがありませんでした。 しかしながら、現在では彼が本当の意味で革命的な、現代の哲学の進路を先導する思想家であったことは、広く認められるようになっています。ここで取り上げようとする彼の理論は、1890年代に彼がいろいろなかたちで発表した、いわゆる進化論的な宇宙論です。
宇宙の卵? 進化論的宇宙論とは
進化論的宇宙論とは、宇宙には始めの状態があり、そこから発展する論理があり、現在の宇宙の大局的な構造がこの発展の結果としてある、と考えるような、時間的発展の軸にしたがって宇宙を説明する理論モデルのことです。 ビッグバン宇宙論は、いうまでもなくこの進化論的宇宙論の一形態であり、宇宙の始まりにバラバラな素粒子どうしの凝縮した高温高密度な状態があり、そこからの膨張によって現在の宇宙ができたという理論です。 ビッグバン宇宙論はいくつかの観測結果と素粒子論との合体のようなものとしてできたものですが、パースの宇宙論は19世紀後半の理論的産物ですから、そうした観測にもとづくものでも、量子論のような物理学に導かれたものでもありません。 それが進化論的なスタイルを取った理由としては、一つにはダーウィンの進化論による影響も認められます。しかしながら、この宇宙論が進化論的であったもう少し根本的な理由は哲学的なもので、要するに、自然の世界が法則に支配された体系的なものである理由は、カントのように超越論的観念論[人間と世界の認識関係を、その関係の外側から考察すること]の立場を取らない場合どのように理解したらよいのか、という問題から出発しています。 カントの立場では、世界のさまざまな事象が法則的なかたちで生じるのは、われわれが「因果性」というカテゴリーを世界に投げ入れて、現象そのものを因果法則的なものとして構成しているからである、ということになります。 しかし、この議論が使えないとしたらどうしたらよいのか──。パースの答えは、自然界に見られる法則の成立を当の自然界全体の進化の結果と考えればよい、というものです。彼は「ミクロのレベルでの非常に多くの不確定的な事象が、結果としてマクロのレベルでの規則的性格を形成する」という、確率統計的な視点の創始者の一人でした。それゆえ、宇宙は無数の「偶然」の海、カオスから出発しながら、結果としてその大局構造において秩序だった「法則」の体系、コスモスとなるという考えに、自然に進むことができたのです。 下の図は、彼がこの宇宙論の概略を講演というかたちで発表した、1898年のテキスト(『連続性の哲学』)からのものです。これは無数の破線がランダムに重なるとき、そこに意図しない円が表れてくるという話の図ですが、パースはこのようなものによって「宇宙の卵」を考えることができるといっています。 [カオスからコスモスへ、混沌とした(潜在性の)世界から秩序ある(法則性の)世界へと向かう進化論的な宇宙の描像の骨組みとなる「カテゴリー論」と「連続性の理論」の詳細については、『宇宙の哲学』「補講3」をご参照ください。]