U―23代表DF大畑歩夢、高1でボランチ→左SB転向…鳥栖時代の恩師、金明輝氏にインタビュー
サッカー男子のパリ五輪アジア最終予選を兼ねたU―23アジア杯で1次リーグ(L)を2位通過した日本は25日、準々決勝で開催国のカタールと対戦する。DF大畑歩夢(浦和)は1次LのUAE戦で1アシストと好調で、カタール戦の出場が有力。鳥栖の下部組織、トップチーム時代に大畑を指導した金明輝氏(J1町田ヘッドコーチ)がスポーツ報知の取材に応じ、大畑に期待を寄せた。(取材・構成=星野浩司) ―大畑はUAE戦の後半21分、左クロスで川崎颯太(京都)の得点をアシスト。左サイドバックで存在感を見せている。 「本当に頑張ってるなと思います。(バングーナガンデ)佳史扶さんとかいい選手もおり、いろんな事情もある中でしっかり選ばれてプレーしてるのはすごく成長したと思う。レッズでも昨年からレギュラーではない中で代表に選んでもらい、彼自身もターニングポイントだと思ってやってるはず。言葉数は少ない選手だけど、そういったところはしっかりできていると思います」 ―小倉南FC(北九州市)時代の中学3年時に初めて見たそうですが、当時の印象は。 「当時、僕は鳥栖U―18の監督をしていて、鳥栖U―15と小倉南の練習試合を見に行ったんです。彼のプレーを見て取りたいとなった時、本当に口数が少ない選手で、小倉南の監督にも『あまり心も開かなくて、難しい選手』と言われた。でも、ボランチをやっていて走力もあって、能力的にも高かった」 ―鳥栖U―18に加入後、ボランチから左サイドバックにコンバートした。 「ボランチをやるには少しもの足りない部分を感じた。プレーの判断が遅く、まずボールを持って、考えるという状況が多かった。逆に言えば、一途にアップダウンできたり、対人守備がすごく強かったので、サイドバックに早めにコンバートした。左利きの部分や運動能力も加味すると、そこは適していたのかなと思います」 ―大畑は高3時の19年、日本クラブユース選手権(U―18)大会で準優勝。同8月には、金氏が監督を務めていたトップチームに2種登録された。 「鳥栖U―15から昇格した選手は人数も多くて勢力図も強い。大畑のように外から入る選手のパワーは、ちょっとやそっとじゃ彼らを超えていけない。そういう気持ちを持ちながらやってほしいと伝えました。トレーニングはタフに取り組み、元々持っているセンスや身体的な強さがあったので、うまく食らいついてやってくれました。同じ左サイドバックで2学年下の中野伸哉の方がより大成するだろうとクラブの期待も大きかった中、大畑は負けん気が強く、伸哉を蹴落として自分が出るというくらいまでやってくれた」 ―高校時代、トップチームで指導して大畑が伸びたと感じる部分は。 「サイドバックをしながら少し中に運んだり、守備のベースの部分。社交的なタイプではない中で、意外と自分の意見をしっかり言えたりするので、そういう一面もあったんだなっていうところはありました。ただ、攻撃の最後のクロスの質や決定的な仕事をするアシストとか、そういった部分は今でも課題かなと思って見ています」 ―パリ五輪最終予選や本大会など、今後への期待は。 「彼も常々『世界でプレーしてみたい』『ヨーロッパに行きたい』と言っていたので、オリンピックに出ないと見えてこないのではないかなとは思ったりします。もしカタール戦に出たら、しっかり日本の勝利のために貢献するようなプレーをしてほしい。場慣れ感というか、緊張して動けないとかは見たことないので心強いかなとは思います」 ◆金明輝(キム・ミョンヒ)1981年5月8日、兵庫・伊丹市出身。42歳。尼崎朝鮮初中級学校、初芝橋本高を経て2000年千葉に加入。甲府や富山などでDFとしてプレーし、11年に現役引退。12年から指導者に転身し、14~15年に鳥栖U―15、16~18年途中まで鳥栖U―18監督。18年途中にトップチーム監督就任。一度は退任し、19年途中から再び指揮。21年に選手らへのパワーハラスメント行為が発覚し、退任。23年に町田ヘッドコーチ就任。J2通算37試合1得点。186センチ。
報知新聞社