なぜ「日本」は「アメリカ軍の基地」になったのか…戦後、日本を従わせるためにアメリカが使った「最強の武器」
ダレスの使った法的トリック
国連憲章43条というのは、結局は実現しなかった「正規の国連軍」についての、もっとも重要な条文です。そこではすべての国連加盟国が、国連安保理とそれぞれ独自の「特別協定」を結んで、国連軍に兵力や基地を提供し、戦争協力を行う義務を持つことが定められているのです。 一方、106条というのは、そうした国連軍が実際にできるまでのあいだ、安保理の常任理事国である五大国は、必要な軍事行動を国連に代わって行っていいという「暫定条項」です。これは本来、短期間だけ有効な過渡的な条項として国連憲章に書かれたものだったのですが、その後、国連軍がいっこうに成立しない状況のなか、五大国に非常に大きな特権を与える条項となったため、そのまま削除されずに残ってしまったわけです(現在でも依然として残っています)。 このふたつの条文を組み合わせて解釈すれば、占領終結後も米軍が日本に駐留し続けることは法的に可能ですと、ダレスはマッカーサーに提案したのです。 つまり、「国連加盟国は、国連軍に基地を提供する義務を持つ」という43条を、106条という暫定条項を使って読みかえることで、日本は国連軍ができるまでのあいだ、「国連の代表国としてのアメリカ」に対して基地を提供することができるというのです。 つまり日本が「国連の代表国であるアメリカ」とのあいだに、「国連軍特別協定の代わりの安保条約」を結んで、「国連軍基地の代わりの米軍基地」を提供することは、国際法上は合法ですと、ダレスはマッカーサーに説明したわけです。マッカーサーはその提案に全面的に賛同し、「これなら日本人も受け入れやすいだろう」と語ったと、「6・30メモ」には書かれています。 その結果、日本政府のコントロールがいっさい及ばないかたちで「国連軍の代わりの米軍」が日本全土に駐留するという、日米安保の基本コンセプトが誕生することになったのです。現在の日米間のあまりに異常で従属的な関係の根底には、この「アメリカ=国連」「米軍=国連軍」という法的トリックがあるのです。 さらにいえば、この法的トリックを受け入れてしまった場合、国連憲章43条が加盟国に提供を義務づけているのは、基地などの「便益」だけではなく、「兵力」や「援助」の提供も同じく義務づけているので、最終的にアメリカは日本に対して、あらゆる軍事的な支援や兵力を提供させて、それを米軍の指揮のもとに使う法的権利を持っているということになります。 朝鮮戦争で米軍が敗走を続けるさなかですから、おそらくダレスも必死だったのでしょう。このような通常では絶対にありえない、まさに詐欺同然のグランド・デザインにもとづいて、その後の日米の軍事的関係がスタートしてしまうことになりました。 そして本当に信じられないことですが、それから70年近くの時を経て、いまそのときのダレスのグランド・デザインが、すべて現実のものになろうとしているのです。 さらに連載記事<なぜアメリカ軍は「日本人」だけ軽視するのか…その「衝撃的な理由」>では、コウモリや遺跡よりも日本人を軽視する在日米軍の実態について、詳しく解説します。
矢部 宏治