信州の「歴史と文化」を味わう非日常旅のすすめ 文豪が通った温泉地で「本に溺れる」贅沢
一見するとそれぞれの機能がそろってこそ松本十帖なのだが、ふと眺めると、街に溶け込みそれぞれが独立している施設のようにも映るから面白い。 ■文化と哲学を感じる「本」をテーマに場を開く 松本十帖の楽しみ方は訪れた人に委ねられている。その可能性は無限大だ。だが、このエリアで印象的なのは、“文化”を起点にしていることだろう。 2つのホテルのうち、1つは”本”をテーマにしたブックホテルだ。「豊かな知と出会う」をコンセプトに、5つの読書空間と、ブックストア「松本本箱』を併設する(宿泊者以外のストア利用は要予約)。
旧小柳の装いを残しつつリノベーションした館内は、5つの本のエリアから空間が作り上げられている。エントランスから館内に通じるゾーンには「本の道」コーナー。 抜けて現れるのは、厳選して選ばれた知の結集たちが集う「げんせん本箱」に、アートやファッションなど、大人の遊びココロを探す「オトナ本箱」が並ぶ。 もちろん子どものための憩いのスペース「こども本箱」も。そして、レストラン「三六七(367)」にもブックコーナーを併設。信州の風土や歴史を目と舌とで味わうのだ。
このようにテーマで空間が分かれており、写真集や画集、エッセイや入門書を中心に約1万冊がそろう。選書したのはブックディレクターの幅允孝(はばよしたか)さんが率いるチーム『BACH』と、日本出版販売の選書チーム『ひらく』。 どこも落ち着いた色合いのトーンでしんと静まる空気、本を熟読するのにふさわしい空間だ。ホテル宿泊者はブックストアの閉店後も共用部で自由に本を読むことができる。 昨夏、私は系列のホテルである「箱根本箱」に滞在した。1日中本の空間、それも寝ても覚めても浸ることができるのは至福の極みだ。1万冊もあると何を選べばいいのか迷う。その迷うことすら楽しい。
お気に入りのジャンルに手をのばすもよし、直感で選ぶもよし。限りない時間と空間を独り占めすることができるのは、「本箱」ホテルだからできることなのだろう。 ■静かな古民家カフェで、自分の時間に集中 日帰りで訪れる人も本箱ストアに足をのばしたら、ぜひそのままカフェ「哲学と甘いもの。」へ。 ホテルから湯坂を上って徒歩2分ほどの場所に緑の屋根が印象的な古民家がひっそりと存在する。 大正時代の2軒長屋を改装した建物の扉をガラリと開けると、清閑なる空間が広がる。ここのテーマは「自分を見つめる」「人生を考える」場所。
書棚には多数の哲学書が並ぶ。ブックストアで購入した本を読むこともいいだろう。思考を巡らせるため、パソコンのキーボード音は禁止、おしゃべりは「ヒソヒソ声」のみ。じっくりと自分の時間に集中できる。 疲れた体に染み渡るのが甘いものだ。自家製プリンは程よい固さで、きりりと苦いカラメルが脳に体にと刺激を与える。 かつての文豪たちがどのように過ごしたのか、そんなことを頭に思い浮かべながら知識の空間に浸るのを一度は体験してみると、松本という「街の見え方」が変わるかもしれない。
永見 薫 :ライター