激戦区神奈川から半世紀ぶりの甲子園を狙う異色県立進学校
打者との距離は約8m。あえて緩いボールを投げて、ミートポイントを捕手寄りに設定したうえでセンターから逆方向を狙わせるメニューを織り交ぜた。その意図を佐相監督はこう説明する。 「前目のポイントで打つと、スライダーなどの速い変化球を拾えなくなる。8mバッティングで打ち損じをなくす癖をつけるわけです」 ナイター照明の設置。ぬかるまない土への入れ替え。屋根付きブルペンの設営。次第に整っていく練習環境と、野球部に振り分けられたエリアを打撃、守備、体力練習などのソーンに分けて、限られた時間のなかで効率よく練習させる佐相監督の創意工夫が成績を向上させていく。同監督のネットワークで、前橋育英(群馬)や愛工大明電(愛知)との練習試合も組まれてきた。 ティー打撃では左右にネットを配置し、ネットの間からトスされたボールをコースに応じて打ち分ける感覚を養わせてきた。春季県大会決勝で東海大相模に打ち負け、関東大会初戦で川越東にコールド負けした反省から、さらに工夫が加えられた。 「まず1.2kgくらいの重いバットで振る力をつけておいて、通常の軽いバットで思い切り振らせる。速い動きで筋肉を刺激して、速いスイングスピードを教え込ませるんです」 中軸を任される金子圭希内野手(3年・右投げ左打ち)は春季大会で3本塁打を放つなど、佐相監督の指導で「打撃が根本から変わった」と声を弾ませる。 「自分は軟式出身で、硬式のポイントを先生のアドバイスで探しながら、いつもメモに書き留めて自分のものにしてきました。下半身と上半身が連動したときに一番飛ぶようになりました」 バットを振るための体力作りにも余念がない。たとえば『ポリタンク』と呼ばれるメニュー。18リットルのポリタンクに水を入れて抱えながら、三塁側ベンチの後方にある斜度5度のスロープを登り降りする練習が一日おきに課されている。 昼休みには女子マネージャーがご飯を炊き、持参する弁当のほかに2合、練習後にも1合を胃袋に詰め込む。キャプテンの井口史哉内野手(3年・右投げ左打ち)は、最初の1年で「体重が12kg増えました」と振り返る。 「ポリタンクの練習は下半身と体幹だけが鍛えられるだけでなく、腕力もついたと思います」 大学進学率がほぼ100%。3年生の多くは練習後に学習塾に通っている。140キロ前半の直球とキレ味鋭いスライダーを、コントロールよく投げ分けるエースの宮崎晃亮(3年・右投げ右打ち)は東大文3が志望。東京六大学で神宮球場のマウンドに立つ夢を描く。 「両立は大変ですけど、野球も勉強もどちらもしっかりとできているからこそ充実しています」 順当ならば4回戦で対戦するノーシードの横浜が、最初の関門になる。 「まともにやったら勝てない。ランナーが出てもエンドランを仕掛けるとか、三塁に進んでもスクイズしないとか。打力は春よりも確実性が上がっている。この子たちのすごいところは心の強さ。ダメかもしれないと思いませんからね」 9試合で103得点をあげた春季大会よりも、さらに磨きをかけたバッティングで旋風を巻き起こす。1951年の希望ヶ丘以来となる県立校代表へ、佐相監督は静かに腕をぶしている。 (文責・藤江直人/スポーツライター)