「熊野とは共通点も」 カンヌ映画祭で最高賞受賞 タイ出身のアピチャッポン監督に聞く
タイ出身の映画監督・美術家のアピチャッポン・ウィーラセタクンさんが、11月上旬に多摩美術大学院生10人とワークショップのため和歌山県紀南地方に1週間滞在した。カンヌ映画祭で最高賞をはじめ、4冠を獲得している世界的な監督に創作への思いや熊野の印象を聞いた。(聞き手は喜田義人) 【最高賞は「噛む家族」 馬渕ありさ監督が雪辱 田辺・弁慶映画祭、和歌山の動画はこちら】 ―どんなワークショップをしているのですか。 テーマは「時間とイメージを壊す、なくす」。美術教育は「こうあらねば」に縛られがち。自分が何を考え、何を作りたいかを大事にしてほしい。 今回のワークショップでは作品を制作しません。未知の熊野の地で、寝食を共にして、さまざまな体験をすることが重要。その経験を1年後か、10年後でも形にしてもらえたらいい。 ―その考えは自身の映画制作にもつながりますか。 私自身も変わり続けています。映画作りは複雑で、決めた通りには進まない。制作スタッフや舞台となる自然とコラボしながら進めています。 ―熊野にはどんな印象を持ちましたか。 人はなぜ、海や滝に魅了されるのか。神話はなぜ必要とされるのか。さまざまな「問い」を抱きました。 山々の姿は活動拠点のチェンマイ(タイ北部の都市)と少し似ている。アニミズム(自然界のそれぞれのものに固有の霊が宿るという信仰)やアナーキズム(支配のない状態を理想とする考え方)も共通するものがあるように感じます。 ―映画ファンの間では監督が熊野で新作を撮影するのではと期待が高まっています。 ワークショップをしながら、自身の作品制作について考えていました。車であちこちを回る中で熊野の小さな村に興味を持ちました。ただ映画を作るには1、2カ月、もしくは1年ぐらい滞在する必要があります。 もし私が映画を作るとしたら、自分のスタイルを貫くので、人間についてや人口減少などの社会問題が題材になるでしょう。観光客が押し寄せる映画にはならないですよ。 【プロフィル】 1970年生まれ。タイの東北地方を舞台に伝説や民話、個人的な森の記憶や前世のエピソード、時事問題を題材にした叙情的な映像作品で知られる。「ブンミおじさんの森」(2010年)でカンヌ映画祭最高賞を受賞。美術作家としても高い評価を得ている。多摩美術大学院特任教授。
紀伊民報