絵本「バツくん」に込めた思い 脳腫瘍と闘い18歳で逝った春香さん 両親の手記も映画化、来春公開へ
「ありのままを全て記録してほしい」
覚醒下手術は無事に成功しますが、右半身に麻痺が残り、障害者手帳を取得。 手術から半年以上経ったころ、春香さんに異変が生じ始めます。 立体駐車場の屋上から飛び降りようとしたり、未明に家から飛び出して保護されたり。 医師の診断は「症候性てんかんと精神症状をともなう発作」で、脳の腫瘍が原因とのことでした。 発作的に自傷行為を行ってしまうけれど、落ち着くといつもの様子に戻り、荒れた時の記憶も残っている。 そんな状況の中で、春香さんは「私のありのままを全て記録してほしい」と両親に頼みます。 娘の願いを受けて、日記をつけはじめた貴宏さん。 春香さんは毎日、内容をチェックして「ちゃんと書いて」と、起こった出来事をそのまま書くように求めました。 その理由について、貴宏さんはこう推測します。 「自分の生きた証しをそのまま残してほしかったのだと思います。そして、膠芽腫と闘っている人やその家族に『道しるべ』を残したかったのではないでしょうか。どんな症状で、どんなことが起こり、家族はどう対処したのか。そのすべてを役立ててほしいと思っていたのだと思います」
xくんが絵本に
2020年12月20日に、18歳でこの世を去った春香さん。 亡くなる1カ月ほど前に描き残していたのが「x(バツ)くん」です。 間違いにバツをつけることが仕事のxくん。 一生懸命働いているのに、人間からは「バツなんて、なくなってくれればいいのに」と疎まれます。 「僕はいない方がいいのかな」と悩んでいた時、子どもから声をかけられます。 「あ、間違えた。でもバツは成功のもと。xくん、ありがとう」 その言葉を聞いて、xくんは自分の仕事に価値を見いだす――という物語です。 春香さんに読ませたくて、ネット注文で家族向けに5冊だけ作った冊子。 それが2023年6月に、一般向けの絵本として三恵社から出版されました。 きっかけとなったのが、前年8月に出版された両親の手記「春の香り」。 貴宏さんと和歌子さんそれぞれの視点で、春香さんと過ごした日々をつづった本です。 これを読んだ人が三恵社の編集者を紹介してくれて、絵本化が実現しました。 さらに、「春の香り」の映画化も決まり、今年4月にクランクイン。 春香さんが暮らした愛知県江南市を舞台に撮影し、来春の公開に向けて制作が進んでいます。 「すべて春香の強い意思がつなげてくれたんだと思います。xくんからは『脳腫瘍になってバツをつけられた自分も、誰かの役に立てる。どんな人にも存在価値はあるんだから、自分らしく生きていいんだよ』というメッセージが伝わってきます」と貴宏さん。 春香さんの願いが続々と形になっていることについて、和歌子さんはこう話します。 「『春の香り』は個人的なことも書いていたので、本にするのに少し抵抗があったんです。でも、xくんを絵本にするための本だったのかな、と今は思っています。読んだみなさまの心に春香の思いが届けばうれしいです」