「外野手の浅い守備位置が悔しくて…」徹底したハンマー投げでびっくりするほど打球が伸びた・藤田平さん プロ野球のレジェンド「名球会」連続インタビュー(29)
プロ野球のレジェンドに現役時代や、その後の活動を語ってもらう連続インタビュー「名球会よもやま話」。第29回は藤田平さん。阪神生え抜き選手で初めて2千安打に届いたバットマンです。高卒からプロ入り2年目に154安打と飛躍した要因が、独自の練習にあったことを語ってくれました。(共同通信=栗林英一郎) メジャーで「クレイジー!」と言われた昔気質のトレーニング方法、「大魔神」佐々木主浩さん プロ野球のレジェンド「名球会」連続インタビュー(21)
▽ノックするみたいに石を棒で打つ感覚が残っていて 僕は打席で後ろの足、左足を(投手寄りに)ずらす打ち方だったんですよ。イチローもずらしますよね。ああいう感じでね。中学の時は何も言われなかった。高校に入って監督が「動かしたらいかん」。プロに入ってもコーチに言われました。固定しろとか、動かすなと。一番自分に合っているから、僕は頑として譲らなかったですね。打者によって間の取り方はみんな全然違います。バットで取る人、下半身で取る人、腰で取る人もいる。いろんな形があると思いますけど、僕の場合は足をずらしながら間を取る感覚でやっていた。 きっかけはね、小学校へ行くか行かんかという頃に、昔は球もバットもなかったから棒で石を打っとったんですよ。ノックするみたいに。その時に足をずらして打ったのが、ずっと残っとった。体重を送りながら前で球を打つというかね。今の打者で僕らみたいなのは少ない。みんな後ろに(体重を)残す。残した方がいいという人が多いね。体重移動はせないかんのですけど、小さいか大きいかですわ。今の時代でも僕らのバッティングは通用するし、打ちやすいと思うけどな。あんだけ変化球を放られたら、体重移動せな打たれへん。メジャーの方がいろんな変化球が多い中で、イチローの体重移動は通用した。
三振の記録(1978年の208打席連続無三振が当時のプロ野球新記録)をつくったことがあるんですけども、たまたまだと思いますよ。自分で意識してやったわけでもないし。どっちかいうと僕は1球目から打つバッターだった。初球からいいストライクが来れば打つから、三振も少なかったんかな。自分の考えとして、ストライクは三つあるけれども、打てる球は一つだと思っているから。 ▽攻守で影響力のあったタイガースの先輩たち 阪神1年目のシーズンなんて打球が外野の頭の上を越えないから、各チームの外野が前に守った。それが悔しくてね。1年目の秋季キャンプが終わり、ある時期にすっと、かすみが晴れるように、こういう練習をしたら来年絶対いけるなという感じが不思議と見えた。それでオフに実家へ帰って2カ月間、毎日、毎晩練習して次のシーズンに備えたんです。 (オリックス時代の)吉田正尚君が室伏広治さん(ハンマー投げ五輪金メダリスト)と練習していたじゃないですか、たたくハンマーとか。これを僕は当時やった。室伏さんのお父さん(重信さん)の時代ですよ。50何年前に。うちの兄貴が陸上をやっていて、何か知らんがハンマーがあった。おやじが健康のためにいつも回しとって「おまえもやってみろ」と。それがきっかけ。中高校時代も少し回してました。