「治療法はあったのに、私は即座に安楽死を勧められた」─安楽死制度は「医療体制の不備」を正当化するのに使われている
世界各地で「死ぬ権利」を求め、安楽死や医療による死亡幇助制度の導入を求める声が高まっている。ところが、個人の自己決定権を人生の最後まで行使できるとされている制度が、患者本人の意に反して、医療や行政の負担軽減や治療放棄の選択肢として利用される可能性は大いにある。 【画像】英国では、死亡幇助(安楽死)制度の是非がきたる選挙の争点のひとつとなりそうだ 「安楽死先進国」のひとつであるカナダの元がん患者の身に実際に起った事例から、制度のあり方を問う。
治療もなしに「安楽死」を勧める
2022年の感謝祭休暇のことだ。アリソン・デュクリュゾーは、腹部の痛みを感じはじめた。最初はターキーの食べすぎだろうと思っていたが、痛みは長引いた。 2週間後、彼女はかかりつけ医を受診しCTスキャンを受けたものの、原因はわからなかった。直後、痛みはさらに悪化したため、彼女のパートナーはバンクーバー島にある地方病院の救急センターに行くことを勧めた。そこの医者は、彼女が重度に進行した腹部のがんに侵されていると告げた。最も恐れていた事態だった。 当時56歳だったアリソンは結局、進行の速い腹膜がんのステージ4と診断された。2023年初頭に専門医の診察を受けると、あと数ヵ月しか生きられないだろうとのことだった。化学療法は彼女のがんには効かず、せいぜいわずかな時間稼ぎになるだけで、手術も不可能だというのだ。その代わり、家に帰って法的な書類を整理し、医療による死亡幇助(MAID)を受けるかどうか決めるようにと告げられた。 当然ながら、アリソンは精神的に打ちのめされた。 「もう息もできなくなりそうでした。治療のプランをもらいに行ったのに、遺言の整理をしろと言われただけでしたから」 その晩、彼女はその深刻なニュースを、ヴィクトリアに住む息子と娘に伝えた。彼女の人生で最悪の夜だったという。 「もし子供たちがいなかったら、私はMAIDを受け入れていたかもしれません。ですが、自分が両親を亡くしたばかりだったので、子供たちへの影響を考えると、何かほかの道はないか、よく調べようと思いました」 そうして、彼女はどうにか助かる方法を見つけようと決意した。まず自分の状態について調べ、遠く台湾にいる医者に電話したり、米国のカリフォルニアまで飛んでスキャンを受けたりしたが、最終的には米メリーランド州ボルチモアへ赴いて治療を受けた。 調べた結果、がんを縮小させるための腫瘍減量手術、および温熱化学療法があるとわかったのだ。カナダでそれをしているという医者に連絡を試みたものの、2ヵ月経っても電話で話すことすらできなかった。 だが、親しい親族や友人らの手助けもあり、クラウドファンディングによって、米国での治療費20万ドル(約3200万円)の半分をまかなうことができた。米国での処置が終わってカナダに戻り、地元ブリティッシュコロンビア州のがん専門医の診察をようやく受けられた頃には、すでに回復に向かっていた。