ライバルを蹴落としたい。オーディションでいじめを目撃した私に、悪魔のささやきが...「ここで黙ってさえいれば...」
平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。 そっと耳を傾けてみましょう……。
第46話 天賦の才
彼女を一目見たとき、「スターは生まれたときからスター」と言っていたバレエの先生の言葉が聞こえた気がした。 日本で指折りに有名なこのミュージカル劇団は、数年に1回、大規模なオーディションがある。 18歳から受験できるので、それまで虎視眈々とダンス、バレエ、歌のスキルを磨いて全国から精鋭が集う。私も、この劇団の筋金入りのファンであるママの仕込みで、劇団に入るために小さい頃からさまざまな先生について習った。 「それはそうと大学には行くべき。劇団に受かって夢が叶っても、芸能人でいられる期間がどのくらいかわからないから」と妙に現実的なママの意向に従い、小学校からエスカレーターで上がってきた女子校の大学にも通いながら、歌や踊りのレッスンに励む日々。タイミングがうまく合った21歳の今年、満を持してオーディションを受けた。 そして今日は3次試験。健康診断をのぞけば、これが最終試験と聞いている。 最終試験は郊外にある劇団所有の大きな訓練センターで、1日がかりで行われる。審査員は劇団創始者であり、日本の演劇界の重鎮、木戸先生と、この劇団を支えてきたスター俳優たち。事務方やプロデューサーも入っている。 初めての挑戦で、最終まで来たことは、とても幸運だと思う。でも同時にそれも当然だという気持ちもあった。この15年、ママが見つけてきた有名な教室や先生のところに遊ぶ暇もないほど通い、総合的な技術を高めてきた。 歌だけ、踊りだけ、それぞれ突出している子はたくさんいるが、高いレベルで両方の訓練を受けている子は思ったよりも多くない。 きっと合格する。もしかしてトップ合格かもしれない。 今日、ここに来るまでは、私はそう思っていた。 ……あの子に会うまでは。
「同じグループは絶対に避けたい……」
333という受験番号が書かれたゼッケンをつけて、その子はぽつんと控室の端に座っていた。同い年くらいだろうか。背の高い子で、みんな同じサイズのはずのゼッケンが小さく見えた。 手足の長さが群を抜いている。 髪の毛は無造作なショート。形のいい頭と輪郭。他の受験者が自分をもっとも魅力的に見せるためにシンプルだけど趣向をこらしたレオタードを着ているのに対して、彼女はそこらへんの中学校のジャージのようなものを着ている。 歳は同じくらいだろうか。化粧っけもない。他の子はダンスシューズだけど、彼女は上履きを履いている。まるで学校の体育だ。 それなのに、私は彼女から目を離すことができなかった。 あの鼻筋。整った口元と顎。舞台メイクをしたら、どれほど映えるだろう。 あの骨格も、古典的なヒロインは難しいかもしれないが、俳優として途方もない可能性を秘めている。 私ははっとした。私の受験番号は338。1次と2次試験で、すでに受験者は5分の1程度になっているはず。 ――もしかして、同じグループで試験を受けるかも……!? とっさに、脇がじわっと汗で濡れた。 彼女の技術は知らない。しかし、彼女が動けばきっと、審査員は注目するだろう。勝手に目が吸い寄せられるはずだ。そして私は脇役。ただでさえ、152センチの身長はミュージカルの舞台では少々小さいだろうと言われていた。 それでも、ヒロインは小柄なほうが相手を選ばないはずだと自分を鼓舞してきた。けれど、彼女のようなスタイルの人の隣では、全てが言い訳。 ――どうしよう……。 でも、受験番号は今からどうすることもできない。最終演技は15分後に迫っている。あとは彼女が辞退でもしてくれない限り……。 視線が外せないまま、333という番号を見ていると、彼女はペットボトルの水をごくごくのんで、テーブルにそれを置き、控室を出ていった。お手洗いだろうか。 「やっぱり合格してる、333。ダンスも歌もド素人の癖に、やっぱり芝居であれだけ稼ぐと受かっちゃうんだ……。でもまたあんなダサい服着て、なめてるとしか思えないわ」 「莉子、多分同じグループだよ? ちょっとヤバくない? なんとかしないと」 ロッカーの死角でストレッチをしていた2人が急にそんなことを話し始めて、私は一瞬自分の心が読まれたのかと思ってぎょっとした。