「ワンダーハッチ」「ガンニバル」プロデューサーが語る、世界へ発信するためのクリエイティブ「日本の文化でしか語り得ない物語がある」
“実写"と“アニメ"を融合させたディズニープラス「スター」の完全オリジナルファンタジー・アドベンチャー大作「ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-」が、独占配信中だ。MOVIE WALKER PRESSでは、本作の企画、開発から仕上げまでのすべてのプロセスに携わった、ウォルト・ディズニー・ジャパンの山本晃久プロデューサーを直撃。話題作「ガンニバル」もスマッシュヒットさせた山本に、制作の舞台裏を聞いた。 【写真を見る】「鉄腕アトム」や「キャプテン翼」も登場!?往年の名作が「ワンダーハッチ」のカギに 本作の舞台は、実写で描かれる“現実世界”とアニメで描かれる竜が空を飛ぶ“異世界”。女子高生のナギ(中島セナ)は、幼いころから音に色がついて見える不思議な能力を持っていたが、クラスメイトたちと馴染めず、生きづらさを感じていた。そんな彼女の前に、ある日突然、異世界のウーパナンタから“ドラゴン乗り”の少年タイム(奥平大兼)と相棒のドラゴン、ガフィン(声:武内駿輔)が出現。次第に心を通わせていく2人が、お互いの世界を救うために壮大な冒険の旅に出ることになるのだが、そこでは様々な試練が待ち構えていた。 ■「現場は特に大切にしながら、本当に最初から最後まで作品に関わるのがプロデューサーです」 そんな心躍る本作がどのように産み落とされたのか?と、その本題に入る前に、山本の考えるプロデューサーという役割について改めて聞いてみた。すると、「作品の頭からお尻まで、すべてに関わるのがプロデューサーです」と瞬時に答えが返ってきた。 「ある作品を映像化したいってなったら、その作品に相応しい監督や脚本家、俳優を考え、率先して脚本を作り、その脚本ないしはプロットを映画会社やテレビ局にプレゼンに行き、出資を募ります。制作プロダクションのプロデューサーの場合は、さらに制作過程もしっかり見て、どんなスタッフを集め、セットでやるのかロケーションにするのかも検討しながら、お金の使い方も考えます。“現場が作品をつくる”と思っているので、そこは特に大切にしますけど、撮影が終わったら仕上げにも携わるので、本当に最初から最後まで作品に関わることになりますね」。 ■「誰かが考えた世界というのは、実はこの宇宙のどこかにすでにあったものなんじゃないか」 そんな山本が、本作を「スター」のオリジナルシリーズとして制作することになったきっかけは4年前にまで遡る。「僕がまだ前職のC&Iエンタテインメントのプロデューサーだったころに、本作の萩原健太郎監督からこの企画の種みたいなものを受け取ったんです」と、懐かしそうに目を細める。 「その時はまだ、『週刊少年ジャンプ』的な“漫画の世界”の住人や主人公が現実世界にやってくるけれど、この世界では自分の心情や力が通用しなくて、苦難の連続に陥るという内容でした。どストレートなファンタジーだし、挑戦的なオリジナルのプロットで、『それはおもしろい!』という話になりました。この物語にシンパシーを感じてくれるのは、もしかしたらディズニーなのではともちょっと思っていました。そうしたら、僕がタイミングよくディズニーからクリエイティブ・プロデューサーのお誘いを受けて。その後、プロットもわりと早い段階で社内の承認をいただけました。この作品にとってはすごく幸福な道筋を辿ることができたなと思っています」。 脚本の開発では、本作の肝とも言える「アニメの世界の住人が現実世界にやってくる」設定とその表現方法について、山本と萩原監督、脚本の藤本匡太の3人を中心にブラッシュアップを重ねていった。「オリジナルのプロットにあった“漫画世界”を映像で表現するとややこしくなるので、タイムたちの住む場所を“異世界”という設定にし、それをアニメで描くという逆転の発想をしたんです。アニメの技法を使うという前提でストーリーを作っていくことで、ドラゴンが竜巻に向かっていくという実写では難しいシーンなども描くことができました」と振り返る。 「そこから僕が、萩原監督に対して大きく楔を打ったと言うか、アイデアを出させていただいたんです。それは漫画家や物を創りだす人だけに限らず、『誰かが考えた世界というのは、実はこの宇宙のどこかにすでにあったものなんじゃないか』という考え方です。この発想は、萩原監督もすごくおもしろがってくれました。その発想が人間の想像力の可能性を押し広げてくれるし、『想像力が世界の扉を開く』という劇中のセリフにも結びついていきました。だって子どものころは、あんなに想像力が豊かだったじゃないですか?その日常にあった素朴な喜びをどうやったら取り戻せるのかな?というコンセプトも感じられるものにしたいという話をしましたね」。 ■「映画は誰も知らない物語で新鮮な驚き与え、観客を魅了してきた。そこに挑戦しないでどうするんだ?」 2つの世界が異なる手法で描かれ、それらが交錯するやや複雑な構成になったが、「最初はもっとシンプルな話だったんですけどね」と断ったうえでそこに対する熱い想いを語る。 「配信やSNSの普及で、いまの子どもたちは古いとか新しいとか関係なく、いろいろなものを観られると思うんですよ。例えば、小学生も『鬼滅の刃』のような深いテーマのものも観て、けっこういろいろな知識を得ている気もするので、そんな彼らにシンプルな物語をそのままぶつけていいんだろうか?という不安があって。それよりも、ストーリーテリングの妙を感じてもらったほうが、子どもたちの満足度が高くなるんじゃないか?と思い、敢えていまの形に踏み切ったんです」。 その際には、ディズニーだからできたこと、ディズニーだから挑戦したこともあったのではないか?そう投げかけると、「オリジナルのストーリーで勝負する。それに尽きますね」ときっぱり。 「ディズニーは基本的にオリジナルのストーリーを作ってきた。ディズニーに限らず、ピクサーもマーベルもそれぞれのオリジナルの物語を紡いできたし、それこそ昨年100周年を迎えたディズニーは、ウォルト(・ディズニー)のはてしないイマジネーションから始まっています。なので、我々ローカルコンテンツの制作チームもそのディズニーのDNAを受け継いで、想像力がテーマの『ワンダーハッチ』を通してその精神が伝えられればいいなと思っていました。映画はもともと、誰も知らないオリジナルの物語で新鮮な驚きを与え、観客を魅了してきた。そこに挑戦しないでどうするんだ?という想いもありましたね」。 ■「物語の世界をアクティブな状態で楽しみながら、作っていくことを心掛けたんです」 誰も知らないストーリーと新鮮な驚き。それを生みだすのは苦しくもあり、楽しくもあったと話し、「全8話のストーリーや構成を、萩原監督をはじめとした7人の制作チームで考える時に、帰納法ではなく、演繹法を採用したかったんです」と述懐する。 「チームでは大江(崇允)さん、藤沢(真友香)さんが世界観を深めていく作業をしてくれました。そして川原(杏奈)さん、伊藤(整)プロデューサーも加わり、でっかいテレビモニターに脚本やプロットを映して、それをみんなで感情を込めて読み上げていく方式を取ったんです。そうすると、『ここで、こんな行動をするかな?』とか『この展開、どこかで見たことありますね』といった疑問や問題点が浮き上がってくる。あるいは、ナギが暮らす“現実世界”の舞台を神奈川県の横須賀にしてはどうかと僕が提案して、シナハン(シナリオハンティング。シナリオや脚本を書くために綿密な事前取材や調査を行うこと)に行き猿島の存在を初めて知りました。みんなで猿島を登場させようと話が弾んで。そんな感じで、物語の世界を演繹的にアクティブな状態で楽しみながら、作っていくことを心掛けました」。 ■「子ども時代に少年ジャンプでワクワクさせてもらったから、そのリスペクトもあります」 本作では、鉄腕アトムの人形など実在のコンテンツが登場するも特徴的だ。特に現実と異世界をつなぐカギとして、「キャプテン翼」のコミックスが大きな役割を果たす。これを取り入れた理由も、演繹的な作劇が生んだものだという。「僕らは子ども時代に『少年ジャンプ』でワクワクさせてもらったから、そのリスペクトもありますし、『ボールはともだち。こわくないよ』というキャッチーなフレーズもあったから、登場してほしいなと思っていました」と少年のような笑顔を見せる。 「それと同時に、図像と言語というものを介して現実側の情報をウーパナンタに大量に送って、タイムたちが現実の世界を理解するということをやりたかったのもありました。わかりにくいかもしれないけれど、タイムを追って“現実世界”にやってくるサイラはタブレットみたいなものを持っていたりします」。 ■「萩原さんは大切なものを大切なものとして受けとめられる」 時間と労力をかけたのは脚本開発だけではなく、本作ではそれぞれの役に相応しいキャストが結集し、「そこには無意味な忖度はない」と自信を覗かせる。 「中島セナさんは彼女の持つ純粋さとノーブルな印象がナギにピッタリでした。退屈な毎日に辟易している感じが彼女の目を通して伝わるだろうなと思ったし、タイムとの出会いで心を開き、魅力的な女性になっていくのでは?という想像を掻き立てられましたね。そのタイムに扮してくれた奥平大兼さんも少年のようなピュアな瞳が魅力でしたし、SUMIREさんも、“理の外”(=現実世界)の研究に没頭するサイラそのものな感じがして。森田剛さん、新田真剣佑さん、田中麗奈さんも醸しだす雰囲気や顔立ちがそれぞれの役に合っていて、キャスティングは本当に上手くいきました」。 想像の種をまいた萩原健太郎監督に対しても、「萩原さんが持っている純粋さは、あとから作ることができないと思うんです。大切なものを大切なものとして受けとめられるあの感性はなかなかないし、それは映像に映ると僕は信じているんです」と絶大な信頼を寄せる。「それにCMの仕事などで映像的な実験をされている萩原さんは、普通の映画監督と違ってVFXの経験値も豊か。精神論だけではく、テクニックも備えているのが魅力的でしたし、それこそ、この企画を最初にやりたいって言ったのは彼ですからね(笑)」。 ■「実写とアニメがそれぞれの世界を補完し合い、独自の世界を作り上げている」 こうして万全な下準備と最高のスタッフ、キャストで臨んだ本作の撮影は4か月に及んだと言うが、“実写”と“アニメ”で2つの世界を描く前例のほとんどない挑戦した山本は「僕らが最初に熱望した、新しいストーリーテリングの映像作品に到達していると思います」と胸を張る。「実写とアニメがそれぞれの世界を補完し合い、それぞれの語り口で埋め合い、独自の世界を作り上げている印象があるんです。この両方がないと多分伝わらない物語だったと思うし、その新しい感覚を楽しんで欲しいなと思いますね」。 本作にはナレーションや字幕での説明が一切なく、そこにも制作陣の潔さと前のめりのスタンスが感じられる。山本は「そこは最後まで悩みましたね」と複雑な表情を浮かべながらも、「思い切りました」と語気を強くする。 「ナレーションや説明字幕を入れると、物語の勢いや観た人が想像しながら自分のなかに蓄積していく作業の妨げになるような気もしました。それに、第4話のラストを脚本で読んだ時に、観た人がこの物語を最後まで見届けようといった覚悟みたいなものを持ってもらえるような気がして。編集の段階でそれが、ナレーションや字幕がなくてもおもしろいと思ってもらえるという確信に変わったんです」。 ■「日本の風土で生きてきたからこそ語れるものが必ずある」 山本が関わったサイコスリラー「ガンニバル」は、韓国、釜山で開催された「アジアコンテンツ&グローバルOTTアワード」で、主演の柳楽優弥がアジアエクセレンスアワードを受賞するなど世界的に評価された。その経験も、世界に向けて同じように配信される「ワンダーハッチ」には反映されているのだろうか?すると、新しい物語を紡ぐことに挑戦する山本から、「日本の文化でしか語り得ない物語があると思うんですよ」という、思いがけないシンプルな答えが返ってきた。 「例えば、小津安二郎監督の『東京物語』はいまでも世界中の新しい映画人たちに驚きを与えていますよね。それと同じように、日本の風土で生きてきたからこそ語れるものが必ずあると思っています。それを意識すること、自分たちの語りを信じることと世界に向かって語りかけることはイコールのような気がするんです。『ワンダーハッチ』も『ガンニバル』もそのことを明言しているわけではないけれど、両作の監督や脚本家たちとはその共通認識を持っていて。あとは、いまの世界に対して自分たちがなにを感じ、どう思い、その気持ちを乗せた物語を発信していくしかない。魂を削るように、みんなで一生懸命考え、作りだしていくしかない。凝り固まった価値観を粉砕し、新しいものを生みだしていくには話し合い、考え続けるしかないんです。語り口や題材、見せ方は全然違うけれど、『ワンダーハッチ』と『ガンニバル』はそこの部分でどこか奇妙にも通じるものがありました」。 最後にディズニープラス「スター」の今後の展望と可能性について聞くと、山本の言葉がさらに熱を帯びた。 「『スター』の日本のローカルコンテンツではこれまでディズニーが挑戦してこなかった、表現の豊かさみたいなものにチャレンジしていく作品づくりをしています。幅広いジャンルのコンテンツラインアップなので“ゼネラル・エンターテイメント"と弊社では言っていて、『ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-』もその1本。『スター』では今後もそこに挑戦し続けていきますし、『これをやるんだ?』という驚きの企画も用意しているので、ぜひ楽しみにしていてください」。 取材・文/イソガイマサト