各界の著名人が自分の訃報を書いた「私の死亡記事」（文藝春秋編）から。 ＜昭和十二年目黒に生まれ、ことし目黒に眠る。原因は寝不足。（略）目黒行人坂の大円寺に、氏の筆による墓碑がある。生前は座右の銘として好んだ言葉で、そのまま辞世とした。「長居は無用」―いかにも去り際を大切に考えていた東京人らしい＞ イラストレーターの山藤（やまふじ）章二さんが亡くなった。老衰のため87歳で、というから「長居は無用」どころか天寿を全うした。 商業デザインからファッション画、テレビタイトル、小説の挿絵、似顔絵、時事漫画…。「この道一筋」は野暮に見えて、ひとつ所に安住しそうになると「長居は無用」とばかりに領域を広げた。 評価を高めたのが、昭和46（1971）年からスタートした僚紙・夕刊フジでの連載である。梶山季之、筒井康隆、吉行淳之介、井上ひさしさんら人気作家と組んで、各々100回のコラムにイラストをつけたが、単なる挿絵ではなく、一コマ漫画になっていた。 以降、マスコミで騒がれた事件や、話題の人物、折々の流行などを取り上げ、ユーモアと毒を含ませた絵筆で世相を斬る「山藤流」が確立された。風刺が効いた一文も添えて、本人は「戯（ざ）れ絵」と称した。 その真骨頂が週刊朝日の「ブラック・アングル」である。当初は表紙を担当したが、インパクトが強すぎると巻末に移った。「週刊誌を裏から開かせる」と評される人気連載で、45年、2260回に及ぶ風刺漫画の金字塔になった。 こんなエピソードがある。山口瞳さんが山藤さんと銀座を歩いていると、向こうから野坂昭如さんがやって来る。すれ違いざま、「ヘッ、よく描かれようと思って…」と、捨て台詞を残して去って行った。デフォルメされた似顔絵を苦々しく思う人もいたらしい。 山藤さんは胃潰瘍を患ったそうだが、「一所懸命に味わい豊かな御尊顔を描こうとしているのであって、他意はない。溢（あふ）れんばかりの僕の人間愛の発露と受け取って戴きたい」。 首相だった小泉純一郎さんは、赤い郵便ポストに擬せられた自分の似顔絵がいたく気に入り、来日したブッシュ米大統領へのお土産を山藤さんに依頼した。滞在中、明治神宮の流鏑馬（やぶさめ）を見学するスケジュールが入っていたので、流鏑馬で弓を引く姿を図柄にした。ジョージ・ブッシュの語呂合わせで「常時武士」というアイデアだった。