賃上げムードは“本物”か? 盛り上がりに欠ける中小企業の賃上げ、ボトルネックはどこに【ニュース深掘り】#名古屋発
賃上げの「ボトルネック」はどこに
このように、働き手の確保が大きな賃上げの動機になっていることがうかがえる一方、「製造」や「卸売」では人手不足感は全体より低いのに賃上げ意向は高くなっている。この違いの原因を考えると、浮かんでくるのは「価格転嫁」だ。人件費は販管費のひとつであり、売り上げを作るための経費なので、利益の多寡にかかわらず計上される。なのであくまで考え方だが、人件費の原資は売り上げであり、賃上げのためには売り上げの拡大が必要となる。国際情勢に起因する一次産品の価格上昇や円安による輸入コスト増がきっかけとなった物価高だが、販売価格への転嫁は消費者に近い業界ほど進んでいない。一口に製造業や卸売業と言っても取り扱っている商材によって差はあるが、比較的価格転嫁ができている業界であり、だからこそ賃上げにも積極的になれるのだろう。 この点でも深刻なのは「運輸・倉庫」だろう。賃金改善を行う理由として、「運輸・倉庫」の実に84.4%が「労働力の定着・確保」を挙げているが、「2024年問題」への対応のため人手の確保が急務であり、新たな採用にも既存従業員の定着にも待遇向上が必要なのに、その原資を得るための価格転嫁への理解が進んでいるとは言い難いのが現状だ。昨年来から倒産の増加が顕著な業界のひとつだが、賃上げ余力の有無が事業継続そのものを大きく左右している可能性もある。働き手(ドライバー)が不足しているのは間違いなく、経験者の奪い合いが起きているのは容易にイメージできるし、借り入れを抱えた法人は破産させつつ、人や車両は別の事業者にそのまま受け継がれ新たなスタートを切る、といったケースも実在する。より良い収入を求めて同業他社への移籍にとどまらず、ハンドルを手放してしまうドライバーが増えたら「物流クライシス」は一段と現実味を帯びてくる。 また、今回のアンケート調査で寄せられた声の中では、社会保険料負担に悩む様子が目についた。給与の額面を上げても税金以上に社会保険料の天引きが大きく手取りが増えないから、経営者としての努力に限界を感じるという。賃上げのボトルネックはおそらくここで、労働者は同時に消費者であり、その購買力が上がらなければ企業の売り上げは増加しない。「小売」や「サービス」といったBtoC業界で、賃金改善「あり」の割合が全体より低くなっているのがその証左と言える。 賃金と物価の好循環を生み出すには正念場とも言える状況だが、それを企業努力だけに依存するのは、限度を超えている。賃金が上がらないから消費が増えない、消費が増えないから賃金が上がらない、このスパイラルから脱するラストチャンスかもしれない。 (帝国ニュース中部版掲載 「深掘り」を再編集)