人を熱中させるゲームに学ぶ、部下のやる気を高めるメカニズム
■伸びる人のマインドセットを身につける マインドセットですか。 人が何かに熱中し、ステップアップしていくには、「ここから何かを学べるんだ」というマインドセットを持つことが大事だと、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で教鞭を執る中で感じるようになりました。 私はHBSでマーケティング論を教えていますが、学生には、すでにマーケティングに詳しい人から、逆にまったくマーケティングを学んだことがない人までさまざまなレベルの人がいます。すでに詳しい人は、入門の授業ではそれほど学ぶことがないだろうと考えたり、クラス内でいかに自分がほかの人よりも知っているかをアピールしたりすることがあります。 当然ですが、同じマーケティングの授業でも、「学ぶものがない」と思っていると、本当に何も学べないで終わってしまいます。これはゲームの研究と通ずるところではないかと思います。ゲームをただプレーするだけの人は、スキルを身につけるために時間を投資したり、アイテムを手に入れるために課金したりするという考えに至らないかもしれません。次のステップを見据えて、たとえばアイテムを得るために課金をするという判断ができることも、うまくなれるポテンシャルがあるということです。授業においても、次のステップがないと思っている学生は、その授業に何も投資しないのです。 ゲームでは、「先に進めるうえで必要な武器がある」などステップとアイテムのつながりが明白だと思います。授業の場合も、アイテムになるようなものを用意することができます。たとえば、授業の前に、議論のヒントを与えるのです。 授業では、実際に企業が直面したマネジメントに関するジレンマ(ケース)について、生徒たちに経営者が抱える問題を問いかけながら議論していきます。問いの背景や文脈が十分にわからないとか、一番学びの大きいポイントがはっきりしていないなどの場合、たとえばヒントとして合わせて読むとよいオンライン資料のリンクを貼っておきます。どの学生もそれを準備しておくことができるのですが、結局いくらそのようなヒントを差し出しても、何も学べないと思っていたら、それを読まないかもしれないですし、読んだからといってそれがどう関係するか、点と点をつなぐ発想力が発揮されないのです。同じ授業を受けているのにもかかわらず、クラス内でかなり伸びの差があるところを見ると、マインドセットに目を向けることが重要だと感じます。 同じ授業を受ける学生の中で、伸びる人と伸びない人にはどのような違いがありますか。また、伸びる学生にはどのような特徴がありますか。 何でも「クエスチョン」することができると考えている学生のほうが伸びると感じています。クエスチョンする力とか、学ぶ力というような言い方をすると思いますが、つまりは授業においてどこまで質問できるか、どこまで懐疑的に見ることができるか、ということです。 クラスメートが話した内容から一つでも何か学ぼうとする意識や、自分が発言する際に前の人が言った内容を受けて意見を述べる力、また議論のつながりが明確でないのではないかというようなツッコミができることなど、クエスチョンの仕方やパターンをだんだんと理解していく学生は伸びていると思います。 これは授業内に限らず、どのような場面でも必要な態度でしょう。仕事においては、どこまでが明らかになっていて、どこからが不確実なものなのかを分解していく。そして不確実な部分がどうしてわからないのかをクエスチョンできること。答えがない問いや、簡単に答えが出ない問いを、解きほどくプロセスを習得していけるかどうかが重要です。 ■議論の自由度をコントロールし、聞く力を身につけよ 先生は大学で授業を行う際に、議論のステップや授業のゴールを示すといったことを実践されていますか。 かなり意識はしています。課題のアイテムを与えるのもその一つですし、ケースディスカッションをうまく進めるためには、ある程度自由に学生たちが議論でき、要所要所で次の議論への進展を実感させてあげることが大事だと考えています。 ゲームの研究において明らかになったことですが、デザインの仕方によってユーザーのエンゲージメントは変わってきます。SNSにはゲームのロジックが活用されていて、たとえばリンクトインではプロフィールを完成させるまであと何ステップあるかがデザインとして可視化されています。完成までのステップが見えていることでユーザーがプロフィールの作成に取り組みやすくなるのです。 授業においても、一つの議論の中でステップを与えることは大切です。議論のデザイン方法の一つとして、「パスチャー」(牧草地)というものがあります。羊が草を食べる時に逃げてしまわないよう、囲っておく場所のことです。つまり、パスチャーの中で学生を議論させようという考え方ですが、最も重要なのは、そのサイズをちょうどいいサイズにしておくことです。範囲を狭くしすぎると何も話せなくなってしまう一方、あまりにも広すぎると議論があちらこちらへ行ってしまう可能性があります。たとえば、一つのケーススタディを取り上げるのであれば、その議論のステップ(パスチャー)を3つ用意します。議論1から議論3までのつながりを考慮し、議論1から議論3までのパスチャー同士が重なり合いながら前に進んでいくイメージです。 もう一つ重要なのは、話を聞くスキルです。私が最近学んでいることの一つに、インプロビゼーションがあります。これは、台本なしで、前の人が言ったことを受けて次のストーリーをつくるという即興演劇です。その授業を最近受けていて実感することですが、人は純粋な反応として、「前の人はなぜそんなことを言ったのだろう」などとつい考えてしまうものです。たとえば、劇中に前の人が「火星にやってきました」と言ったなら、次の瞬間にはもう火星にいることが前提になります。それを受けて「空気が薄いから呼吸がつらい」などとつなげていきます。この場での訓練としては、前の人が言ったことがとにかく正しいと受け止めることが重要です。 ここでは、最初に「聞いて、受け止める」という段階があります。相手の意見を聞いて受け止めることは、想像よりも難しいものです。授業では、誰かの意見に色づけして、よりよい議論に発展させていくのが理想ですが、まずその最初のステップとしては「自分の意見が受け入れられている」という感覚が必要になります。 議論をするのに緊張してしまう学生は、話す内容を事前に用意しておこうとする場合があります。これはよくあることですし、真面目に授業の準備をしているという点では評価されるべきことなのかもしれませんが、周りの意見を聞こうという意識を忘れてしまうことがあります。自分が話すことに一生懸命になってしまって、相手の話を聞いてないのです。 これはHBSの授業に限らず、どのような場面でも起こりうることだと思います。会議で出た意見がどのようなものであれ、一度は正面から受け止める態度が取れているか。どの意見からも何かを学べるかもしれないというマインドセットを保っているか。準備した内容を話すことに一生懸命になって、ほかの意見を聞くことを忘れていないか。これらは議論をさらに発展させていくために重要なことだと思います。
天野 友道,DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部