コールマン・ドミンゴが語る、54歳で手にした成功と“重厚さ”
長年の下積みを経て、アカデミー賞ノミネートという形でようやく成功を手にした俳優コールマン・ドミンゴ。レッドカーペットを賑わすスタイルアイコンでもある彼が、これまでのキャリアと今後のプロジェクト、セクシュアリティについて語った。 【写真を見る】コールマン・ドミンゴ、ロロ・ピアーナによる最新アウトドアウェアを纏う 白いジャケットに白いパンツ、颯爽としたルイ・ヴィトンのスカーフ、午後の日差しを浴びて輝くロレックス、指にはスルタンも顔負けの指輪の数々。それがどこであっても、コールマン・ドミンゴがその場のベストドレッサーであることは間違いない。この日我々がいた、ロサンゼルスのダウンタウンにある商業施設兼オフィスビルでもそうだった。 「私の世代は、ちょっとした自分語りをしなければ気が済みません」。54歳のドミンゴはそう言い、自分の服装について語り始めた。カジュアルで無造作な服装は「決して私のスタイルではない」と言いながら、彼は周りにある「カジュアル」で「無造作」なものを身振りで示した。 豪奢な服装に加えて彼の特徴となっているのが、人懐こい笑い声と柔らかなバリトンボイスだ。彼がアメリカの公共ラジオ放送NPRに出演したとき、ベテラン司会者のテリー・グロスはインタビューの腰を折ってこう言った。「あなたの声が大好きです」 ■長い下積みからアカデミー賞候補へ 俳優、劇作家、監督として30年のキャリアを持つドミンゴは今年初め、映画『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』で公民権運動家バイヤード・ラスティンを演じ、アカデミー賞に初ノミネートを果たした(ゲイであることを公表している黒人男性がアカデミー賞主演男優賞にノミネートされるのも初めてのことだった)。 アカデミー賞の前哨戦となる数々の賞のレッドカーペットで素晴らしいアウトフィットを披露していた彼は、当日の夜、シャープかつプレイフルなスーツでスタイルアイコンの地位を確立した。そのルックは、NBAに喩えるなら、クレイ・トンプソンが1クォーターで37得点を挙げたのにも匹敵する、史上最高の衣装と言えるものだった。 そんな賞レースの序盤に、彼にしては珍しい失敗があったという。私も憶えていないし、おそらく誰も憶えていないだろう。しかし、あるひとりの人物がそれを見逃さなかった。オプラ・ウィンフリーである。 「彼女からは『とても素敵ですね。でも、数週間前に着ていた服は何? 私はあなたがファッションで失敗するなんて心配していない。でも、あれはひどかった』と言われました」。ドミンゴはそう振り返ったが、スタイリストへの配慮からか、それがどのルックだったかは明かさなかった(私としては、ゴッサム・インディペンデント映画賞での黄色のパンツが怪しいと睨んでいる)。 ドミンゴが『グローリー/明日への行進』の撮影現場でオプラに出会うずっと前から、彼の母親は彼女宛に期待を込めて手紙を書き、苦労している俳優の息子のことを伝えようとしていた。「私は2006年に母を亡くしました。当時は、私のキャリアも今のようにはいきませんでした。バーテンダーをしたり、劇場で小さな仕事をしたりね」と、彼は言う。「私はスピリチュアルな人間です。信仰心があるわけではありませんが、母が私のために願っていたことはすべて叶いました。母が私に会ってほしいと願った人たち、一緒に仕事をしてほしいと願った人たち──。そのなかで、母にとって最も大きな存在だったのがオプラです。母にとっての北極星のようでした」 オプラ本人にその手紙が渡ることはなかったかもしれないが、それは重要なジェスチャーだった。「彼の母親が仕組んだ、神聖な友情の結びつきのような気がします」と、オプラは言う。「彼女が『ほら、言ったでしょ?』と言っているようです」。ドミンゴは最近、彼の戯曲『Wild with Happy』のAudibleバージョンをとオプラとともに録音した。ドミンゴの母親役をオプラが朗読し、巡り巡ったひとつの輪が閉じた。 「人生の喜びに溢れ、温かく、魅力的で、思いやりのある人間かどうかという点で、彼は間違いなく本物です。私から言えることはこれだけです」と、オプラはどこまでも彼女らしい表現で続けた。 何年もの間、ほぼ無名のまま働き続けてきた下積み時代を経た今、彼はようやく成功を手にしたと感じているという。しかし、新たなオーラを纏い前進を続ける彼は、新たな疑問と闘ってもいる。かつてのように苦労しなくてもよくなったこの業界を、彼はどう進んでいけばいいのか? そのような機会を最大限に活かすにはどうすればいいのか? そして、人々が彼に当てはめたがる物語をかわしながら、どのようにそれを行うのか? 「アカデミー賞にノミネートされたことで、状況は少し変わりました」と、ドミンゴは言う。「そのことはよくわかっています。それには意味があるとね。私自身は以前と同じ俳優ですが、おかげで少し知名度は上がったと思います」 ■その場の空気を変える力 ドミンゴの用事について行ったときでさえ、彼の周りには独特の雰囲気が漂っているのがわかった。夫のラウル・ドミンゴがメキシコシティでタクシーに置き忘れた帽子の代わりを見つけに立ち寄った日本雑貨の店で、彼はまるでターミネーターのようにまっすぐ帽子売り場へと向かっていった。 彼が決まってつけている香り、ONE DAY(ワン デイ)のオスマンサスティーの詰め替えを買いに入ったフレグランスショップでも、その場の空気がたちどころに変わっていくのが感じられた。ある中年の母親が、この長身で完璧な身なりをした見知らぬ男性が何を買っているのか気になったのか、そのセレクトについて彼に問いかけた。彼が彼女と話している間、ひとりの20代の男性が友人たちから離れ、ドミンゴが戻したばかりのフレグランスをこっそり嗅ぎに来た。 「私には迷いがないのがわかるでしょう。自分は何が欲しいのか、はっきりわかっているんです」と、ドミンゴは言う。「自分が何を望んでいるのかわからない人を見ると、頭がおかしくなりそうです」 ドミンゴは路上で2度、黒人の若者たちに呼び止められた。彼らは握手を求めたり自己紹介をしたり、彼がいかに素晴らしい俳優であるかを伝えたりした。自身に近づいてくる人々が何を言ってくるか、以前のドミンゴはもっと簡単に察することができた。ラテン系の若い男性であれば、『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』のファンである可能性が高かった。ティーンの女の子であれば、ゼンデイヤ演じる依存症のティーンエイジャー、ルーの支援者アリを演じた『ユーフォリア/EUPHORIA』のファンだった。ある日、彼が405号線を車で走っているとき、ふと目をやると、車いっぱいの女の子たちが頭を抱えて黄色い声を上げていたという。「密に仕事をしてきたゼンデイヤにとって、私は兄や父親のような存在なんです。あの若い女の子たちも、彼は超カッコイイと思ってくれているのでしょう」 このとき出会ったような人々が今は増えている。心から、純粋に、彼とただ繋がりたいという人々だ。「いつも、まるで自分がアルツハイマーに罹った気分になります。彼らがとても温かくてフレンドリーなせいでね」と、ドミンゴは言う。「彼らが私の名前を呼ぶその様子から、『お、知り合いか』なんて思うのですが、すぐに『いや、知らない人だな……』という感じになるんです」 ■ナット・キング・コール、ジョー・ジャクソン……多数控える大役 ドミンゴの新作『Sing Sing』(原題)は、厳密に言えば演技についての映画ではあるが、レッドカーペットやオスカー候補の昼食会のような華やかさとはほど遠いものだ。今年7月にA24の配給で全米公開される本作は、タイトルにもなっている最高レベルの警備体制が敷かれたニューヨークのシンシン刑務所を舞台に、収監中の男たちで構成される劇団を描いた物語である。彼らにとって演技とは、獄中での果てしない時間をやり過ごす手段であり、自身の境遇を克服する手段であり、生き残る手段でもある。ドミンゴは、賢く読書好きで、囚人仲間の事実上のリーダーとなるジョン・“ディヴァインG”・ウィットフィールドを演じる。 このプロジェクトが特異なのは、ドミンゴをはじめとする数人のプロの役者以外は、実際にシンシン刑務所で「芸術を通した更生」プログラムを受けた元収監者たちが出演していることだ。8年前にこの映画の製作に取りかかった監督のグレッグ・クウェダーが主役をドミンゴにオファーしたのは、ある日彼の頭に直感的に浮かんだことだったという。彼が企画をしたためていたノートには、いちばん下に「コールマン・ドミンゴ」と殴り書きされていた。ドミンゴが劇作家、脚本家、監督としても経験があったことから、ふたりは脚本の執筆でも大いに協力することになり、ドミンゴは本作のエグゼクティブ・プロデューサーとしても参加した。 撮影中のドミンゴはキャストたちのロールモデルであり、メンターでもあった。「出演者の大半は映画の撮影現場を経験したことがありませんでした」と、クウェダーは言う。「だから彼らは皆、彼を参考にしていたんです。現場に慣れるという意味でも、シーンの中でのポジショニングや動きを学ぶという意味でも」 逆に、それはドミンゴにとっても学習の機会となった。「それまでよりももう少しルーズで、もう少し生々しい演技ができました」と、彼は言う。「自分にとって最高の演技のひとつのように思います。とても無意識的な演技であり、長年演技をした後にも立ち戻りたいと思えるものだからです」 ロサンゼルスのダウンタウンに話を戻そう。ドミンゴと私は、彼のお気に入りのオイスターバーに腰を落ち着けた。彼は牡蠣を6個、それにお決まりのエビとトウモロコシを注文した。キャリアのこの段階にあり、彼はある種の重厚さ──その声、確固たる存在感、年齢──で知られるようになった。それは、『Sing Sing』でのニュアンスを含んだ深みのある演技でも揺るがないだろう。しかし、実際に彼が視野に入れているプロジェクトはより多岐にわたる。 彼が今最も情熱を注いでいる作品は、脚本・監督・製作・主演を務めるナット・キング・コールの伝記映画『Unforgettable』(原題)だ。物語の舞台は1957年、コールのバラエティ・ショーが終わる頃である。本作の製作資金を調達しながら、ドミンゴはほかに2つのプロジェクトを撮影している。Netflixによるスリラーシリーズ『The Madness』(原題)では、巨大な陰謀に巻き込まれていくCNNの評論家を(『ペリカン文書』のような重厚な雰囲気が想像される)、ジャクソン・ファミリー財団が出資したマイケル・ジャクソンの伝記映画では父親でマネージャーのジョー・ジャクソンを演じる。 ニュースメディア『Puck』が報じているように、後者はマイケル・ジャクソンに対して投げかけられた性虐待疑惑を正面から取り上げると同時に、彼のイメージ回復も試みる内容だとされている。ジャクソンの潔白を主張することが目的と受け取られかねないプロジェクトにサインすることに、彼は抵抗がなかったのだろうか? 「彼の潔白を証明しようとしているわけではないと思います」と、ドミンゴは言う。「この映画はひとりの芸術家について、何が彼を彼たらしめているのか、何が彼を複雑な人物にしているのか、ひとりひとりの答えを持って帰ってもらうために、大いなる検証を行おうとしているだけなのです。無数の答えと可能性がありますが、そこにいるのは人間であり、その人の人間性を否定することはできません。それこそが、この映画が目指していることだと思います。私たちの多くは、だからこそこの作品に参加したのだと思います」 『ユーフォリア/EUPHORIA』で準レギュラーを務めるドミンゴはシーズン3への出演依頼をまだ受けていないというが、番組制作にトラブルがあると言われていることについて、これ以上の憶測を呼ぶことには慎重でいるようだ(シーズン3の延期は、HBOがクリエイターのサム・レヴィンソンによる脚本を却下したという報道のさなかの出来事であった。また、その間にドミンゴ自身はもちろんのこと、主演のゼンデイヤ、ジェイコブ・エロルディ、シドニー・スウィーニー、ハンター・シェイファーらも有名になり、キャストの再結集はますます困難になってしまったように思われる)。 「サムは友人ですが、そのことについては彼と話していません。いろいろな話が渦巻いているようですからね。私にはわかりません」と、ドミンゴは言う。「私は人のことに首を突っ込みたくはありませんから。自分に影響しない限り、自分のことだけに集中したいのです」 とはいえ、レヴィンソンが有害な職場環境を作り出したという非難を巡る騒ぎについて、ドミンゴは彼が「誤解」されていると感じているという。「私はサムをよく知っていますし、彼の優しさも知っています。彼の思いやりと寛大さを知っています」と、彼は言う。「誰かが彼を悪者にしたがるのは、どんな理由があるにせよ、とても興味深いことだと思います。依存症と闘った自分の経験について、隠し立てせず正直に語り、それを物語にすることで人々が心を癒やすことができるようにしようとした彼のような人間を、悪者にしようなんてね」 ■希望を与えるようなストーリーを語りたい ドミンゴは、演じる役柄を通じてであろうとなかろうと、自身をがんじがらめにしようとする特定の語りから距離を置く。例えば、クィア男性としての自分。彼は最近、次のような言葉をよく目にする──コールマン・ドミンゴがゲイだったなんて。 「何が言いたいのかわからない」と、ドミンゴは言う。「『自分はゲイだ』というサインでも身に着けていればよかったのか?」 少なくとも、彼はキャリアを通じて、一貫して自身のセクシュアリティをオープンにしてきた。「長い間クローゼットの中にいたのに、突然カミングアウトして称賛を受ける人たちに、私はいつも戸惑ってしまいます」と、彼は言う。「カミングアウトすると突然、それが名誉ある活躍として認められる。そして、尊敬や賞なんかがもたらされる。しばらくすると、その人は自分自身の感情に向き合い、こう思うでしょう。『でも、それまでにずっと公表していた人たちは? チャンスの代わりに苦難しか与えられなかった人たちはどうなる? 彼らに対しては誰が称賛や賞を与えるのか?』とね」 個人的な体験を基に創作をしたときでさえ、彼は自身の語りに疑いの目が向けられたのを知った。70年代から80年代にかけて、フィラデルフィアの労働者階級の家庭で育った彼は、幸せな子供時代を過ごした。ドミンゴが20代で家族にカミングアウトしたとき、家族は彼に愛しか示さなかったという。15年ほど前、彼は自身のその物語を『A Boy and His Soul(少年とその魂)』という一人芝居で演じた。しかし、この作品に対し、ある批評家が「彼の経験の真偽」を疑問視したのである。都市部の低所得地域でゲイであることがどう受け止められるか、その批評家のイメージとは違ったというのが理由だった。 夫と共同経営している製作会社エディスでは、彼が自分のデスクに置かれたものに疑問を投げかけることもしばしばだ。「しょっちゅう送られてくる企画のテーマは、奴隷とクィアのどちらかです」と、彼は言う。「そのたびに思うんです。私は興味さえないのに、どうして送ってくるのかとね」。彼が執筆したり、プロデュースしたいと思っているのは、「多くの希望を与えてくれるような」ストーリーなのだという。 『Sing Sing』には、ドミンゴが自分の役のために脚本に書き込んだ格言のような台詞がある。「死ぬのは簡単だが、コメディは難しい」。今、この時点でドミンゴが本当にやりたいのはコメディなのだ。 その一方で、彼はこうも言う。「自分が重厚さで知られているというのはうれしいですよ。最終的に人々が私のことを重厚さで記憶したいのなら、私はそれで構いません。重厚さで知られたいと願う人もいますからね……」。彼は目を輝かせて牡蠣をつまんで言った。「しかし、そんなことで重厚さなど身に付くはずがありません」 コールマン・ドミンゴ 1969年生まれ、米ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。ジャーナリズムを専攻したテンプル大学を卒業後サンフランシスコに移り、主に舞台俳優として演技活動を始める。2011年にブロードウェイのミュージカル『The Scottsboro Boys』でトニー賞候補となり、2015年にTVシリーズ『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』で注目される。2024年、『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』での演技で、第96回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。 From GQ.COM by Gabriella Paiella Translated and Adapted by Yuzuru Todayama