「ドヤ」に泊まり込みで張り込んだ現場で…〝マトリ〟生活の原点・大阪の薬物犯罪多発地区での闘い
戦後まもなく流行したヒロポンから覚せい剤へ。さらに法の網を巧妙にかいくぐる「危険ドラッグ」や、海外での解禁による大麻の蔓延など、その時代によってドラッグをめぐる事情は変遷してきた。高濱良次氏(77)は移り変わる麻薬犯罪に対して、昭和から平成までの薬物事件捜査の第一線で活躍してきた厚生労働省の元麻薬取締官、いわゆる「マトリ」である。そんな高濱氏が、当時の薬物事情や取引の実態まで、リアルな現場について綴る──。 【パケがずらりと…】すごい…高濱氏が実際に摘発した「覚せい剤小分け現場」 ◆原点はかつての浪速・西成の薬物犯罪多発地区 私が麻薬取締官になったのは、’72年(昭和47 年)7月17 日でした。その後定年退職する’08年(平成20年)3月31日まで、実に36年間にわたり、捜査現場一筋で勤務してきました。麻薬取締官生活の原点は、何と言っても採用時の「近畿地区麻薬取締官事務所」であります。 その当時大阪での薬物犯罪の多発地区は、浪速区とそれに南接する西成区という2つのエリアでありました。それらのエリアに足繁く通って、情報収集を行い、得られた情報に基づいて犯罪を摘発していました。それが、その後の私の取締官人生を大きく決定づけた要因となったと言っても過言ではありません。浪速区・西成区における薬物犯罪との闘いというものがなければ、その後の私の取締官人生も大きく様変わりしていたことと思います。 西成署のある南北の通りには、2回目に近畿地区麻薬取締官事務所に勤務することになった頃(’99年~‘04年)には、通りの入り口から西成署近くまで、数十メートル間隔で覚せい剤の密売人が立ち、そこにやって来る客に覚せい剤を密売していました。仮に売人をその場で逮捕すれば、その周辺に屯する他の売人は、一斉に逃げ出しますが、その後、時を置かずしてまた売人は、その場所に戻って来て、商売を再開するという始末であります。逮捕された売人の後釜が、すぐその場で商売を始めるという具合で、警察官と売人とのイタチごっこが繰り返されておりました。 ◆「ドヤ」に何日も泊まって張り込み 当時の西成の「ドヤ」(簡易宿泊所)の部屋は、3畳間に煎餅布団一組だけが置かれており、宿泊代は当時の旅館とは比べられないほど安く、一晩500円でありました。長い麻薬締官生活の中で、この「ドヤ」に実際に宿泊したことが一度だけあります。こんな経験をしたのは、全ての取締官の中でも私ぐらいでしょう。 飛田本通りの西側のあたりにあった広域暴力団系列組織の組員3人が、近くのアパートの部屋で覚せい剤を密売用に小分けするという情報に接しました。そのアパートに通じる狭い路地の入り口に面したところに、都合よく「ドヤ」がありましたので、上司の命令で身分を秘匿して借り受け、その路地を昼夜を分かたず監視し始めました。部屋は3畳間で、今では当たり前にあるクーラーもなく、部屋の片隅には雑然と折り畳まれて置かれた布団があるだけという殺風景な環境でありました。 ◆ついに現場を押さえた! 組事務所近辺は、路地が入り組んでおり、とても路地の角や電信柱に隠れて張り込むこと自体困難なだけに、情報提供者による情報がその全てでありましたが、今回はたまたま「ドヤ」という張り込み場所があり、ラッキーの一言に尽きました。張り込みは何日にも及んだため、たまに報告に事務所に戻り身体を掻いていると、何日も入浴していないために、周りの皆からは「近寄るな」と言われ、毛嫌いされました。 そんなある日、遂にその時がやって来ました。アパートに通じる路地に、組員3人が大きなカバンを持って入っていく姿を目撃したのです。そこですぐに近くの公衆電話から事務所に連絡して出動を要請し、その後その部屋を急襲しました。 部屋に飛び込みましたところ、3人の中の1人が異変に気付き、止める間もなく手にしていた小分けした残りの覚せい剤を、近くの開いていた窓から隣家との狭い隙間に放り投げました。しかし量的にはそれほど多くなかったため、それは何ら問題ではありませんでした。 その場のテーブル上に小分けされた「パケ」と呼ばれるビニール袋入りの覚せい剤を48袋、量にして81グラムが綺麗に並べられており、その横には覚せい剤原料のエフェドリン約50グラムも並べられておりました。その他にも実弾入り拳銃1丁やパケの封をするためのポリシーラーという機械も置かれておりました。それはまさに〝プロ〟の小分け現場そのものでありました。 【後編】『「こいつ拳銃を持っているぞ」麻薬取締官が売人や中毒者の溜まり場で演じてしまった〝失態〟』では、高濱氏が捜査中に西成エリアでやらかしてしまった〝苦い思い出〟について語っている。 【後編】『「こいつ拳銃を持っているぞ」麻薬取締官が売人や中毒者の溜まり場で演じてしまった〝失態〟』 文:高濱良次
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