『ポライト・ソサエティ』主演のプリヤ・カンサラが来日！──「すべてのマイノリティのために扉を開きたい」
英国発の青春バトルアクション映画『ポライト・ソサエティ』。パキスタン系イギリス人のムスリム家庭に生まれ、カンフーの修行に励む高校生リア・カーンを演じた、新星プリヤ・カンサラは、ヘルスケア業界で働きながらオーディションを受け続け、ついに大役を得た。長編映画初出演にして初主演となった本作でブレイクした彼女が、新生アクションヒーローとなった道のりとは？ 【写真を見る】プリヤ・カンサラが挑んだ『ポライト・ソサエティ』のアクションシーンをチェックする
ムスリムの少女が厳しい社会のルールを蹴散らす！
サンダンス映画祭で批評家、観客双方からの絶賛を浴び、見事英国インディペンデント映画賞最優秀新人脚本家賞を受賞。あのバラク・オバマ元大統領の2023年お気に入り映画にも選出された『ポライト・ソサエティ』。スタントウーマンを目指す悩み多きリアは、唯一の理解者である芸術家志望の姉のリーナが、突然プレイボーイの富豪と恋に落ちて大ショック。しかし姉の結婚の裏にとんでもない陰謀が隠されていることに気づき、結婚を阻止すべく奮闘する。TVシリーズ『絶叫パンクス レディパーツ！』で高い評価を得た、気鋭の才能ニダ・マンズール監督の長編デビュー作で、主演に抜擢されたのはプリヤ・カンサラ。Netflixのドラマシリーズ『ブリジャートン家』シーズン2や『ハーフ・バッド：ネイサンと悪の血脈』に出演後、本作が長編映画初出演にして初主演となる彼女に話を聞いた。 ■前代未聞の新世代シスターフッドバトルアクション ──もともと別の役のオーディションを受けていたそうですね。そもそもリア役が自分のものになるとは想像していましたか？ いや全く予想外でした。2、3シーンしかない小さな役でオーディションを受けて、特定のキャラクターのオーディションに受かったら、それ以外のことを頼まれるとは思わないじゃないですか。私の頭の中では、リアを誰が演じるかはもう決まっているだろうと思っていたときに、リアの役のオーディションを受けてほしいと言われたんです。 ──最初に脚本を読んだ時、どんな感情を持ちましたか？ 大笑いしました。とても面白くてクレイジーで、こんな脚本は読んだことがなかった。ト書きを読んでも、どんな映像になるのか頭の中でイメージできなくて。だからこそ、この物語は本当にスペシャルだと感じてワクワクしました。 ──主役を演じると決まったときは、どんな気持ちでした？ 泣きました。世界で最高の気分でした。エージェントから電話があって、「残念なんだけど……」と言われたんです。そうかと落ち込んでいたら、「主役に決まったよ」と言われて（笑）。完全に騙されました。ちょうど家で掃除をしたりと退屈に過ごしていたタイミングで、信じられないことが起きたという感じでした。 ■伝統衣装を着て、自ら挑戦した格闘シーン ──撮影を通して、監督であるニダ・マンズールさんのストーリーテリングの力をどのように感じましたか？ 実際に監督をしている姿を見て、脚本も演出もストーリーテラーとしてもとてもパワフルだと思いました。彼女は自分が何を作りたいかを理解していて、とても具体的なビジョンを持っているので、全てのスタッフとの接し方も素晴らしいんです。そんな人と一緒に仕事ができるということは、最高の経験でした。彼女が、若くして南アジアの女性監督の中で唯一無二の存在になり、活躍しているということも含めて。 ──多くのアクションシーンも自ら志願されてスタントなしで担当されたそうですね。なぜやろうと？ 映画のストーリーからも明確なのは、リアがまだ十代の若者で、すべてのことを学んでいる途中だということです。特に彼女は、夢であるスタントウーマンになるべくカンフーの修行中で、転んだりぶつけたりと、たくさん失敗もします。だから、私自身が学びながら、完璧ではないスタントを見せることで、アクションシーンのリアをよりリアルで、等身大に見せられたと感じています。それに、俳優がスタントをした方が、表情を見せながら同時に台詞を言えますし、より映画に深みが出るとも思いました。最高のシーンを生み出すために、チームにベストな選択肢を与えたかったんです。自分にとって難しい挑戦になることはわかっていましたが、素晴らしいスタント・チームの助けもあり、正直大変でしたが、とても楽しかったです。 ──浅川マキが歌う「ちっちゃな時から」が流れるシーンでは、幼なじみが結婚を機に去るという歌詞がリアの感情とシンクロしていて、日本語がわかる人には嬉しいサプライズでした。 この曲のかかるタイミングと、シーンとのフィーリングが完璧で、とても気に入っています。この映画は、東アジアの映画にインスパイアされていて、柔術や空手など、明らかに日本的な武術もたくさん取り入れられています。だから、日本の歌を採用することは、この映画のクリエイティブなビジョンにおいても重要でした。私たちは、自分たちにインスピレーションを与えてくれたものに敬意を表したかったので。 ■ヘルスケアの仕事から、役者一本に転向 ──若い頃から子役として演技をしながらも、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで理学士号を取得し、製薬企業のヘルスケアコミュニケーションの仕事をされていたとか。オフィス・ワークを辞めて、フルタイムで俳優をしようと決めたきっかけは？ コロナ禍で家に閉じこもっていたときに、振り返る時間がたくさんあって、自分が本当にやりたいことに気づけたのだと思います。学生時代は演技に多くの時間を費やしましたし、社会人になってからも、フルタイムで働きながら、夜な夜な演技学校に通い、オーディションの公募を見つけては応募していました。そうするうちに、すべてをきちんとこなすのが難しくなってきて。仕事を続けながら役者の道を探ったら、どちらも中途半端になってしまう。やって失敗するのも怖かった。でも、それより怖いのは、年を取ってから、挑戦しなかった自分を後悔することでした。 ──アジア人は特に、失敗を恐れがちな傾向があるように思います。あなた自身は、イギリスで生きる南アジアにルーツがある女性として、どのようなプレッシャーに直面してきましたか？ それはもう数えきれないほどのプレッシャーがありました。よく勉強し、いい大学に進学し、いい仕事に就き、お金を稼ぎ、家族を愛し、思いやらなくてはいけない。それに加えて、女性としてかくあるべきというものものしかかってきます。親戚の女性たちから、「料理ができる？」「掃除は得意？」と繰り返し聞かれてきたものですが、弟にはその質問が向かないことを疑問に思っていました。このようなジェンダーバイアスは子どもの頃から植えつけられていると思います。 ■南インド系社会に未だ残る、かくあるべき掟 ──女性は、いい結婚相手を見つけるために、常に笑顔で、細く、美しくいるべきといったアンコンシャス・バイアスを一蹴する気持ちよさが本作にはありましたね。 そうなんです。男性は怒りの感情をもっていいとされるのに、私たちは何でも上手にこなさなければならないし、怒ることは許されない。リアが憧れのスタントウーマンに書いた手紙に、男性がすべてを破壊してしまうこと、なぜ女性は世界のために働けないのかといった疑問が綴られますが、私はリアの怒りの感情にものすごく共感しました。 ──現実社会でも、そういったプレッシャーを感じる機会は未だにありますか？ たとえ、親がそういったプレッシャーを私に与えないとしても、社会にはまだそう感じさせるものはあると思います。例えば、子どもがいる女性が働いていると、職場で「子どもの世話はどうしてるの？」と当たり前に聞かれますが、男性がそれを聞かれることはほとんどない。ソーシャルメディアでも、例えば女性の有名人には、こうあるべきといった多くのコメントをされるのに、男性の有名人はあまり言われません。でも、年をとるにつれて、そういうことを言われても、あまり気にしなくはなりましたけど（笑）。 ──本作は、自分を信じることができない若者たちを勇気づける作品ですが、あなたをエンパワーしてくれたもの、ことがあれば教えてください。 他の人たちが勇気ある決断をするのを見て、自分も常識に逆らって違うことをしようと思えたこともありますし、自分を信じられていなかったときに、「あなたならできると信じている」と人から励まされたことも、すごく力になりましたね。人から認められることに頼るべきではないと言われますが、私達は人間なので、時には他人が自分を認めてくれることに助けられることもある。単純ですが、友達とのおしゃべりにも力をもらってきました。友人たちは、いつも「役者になれるに決まってる。そんなこと疑うなんて馬鹿げてる」と言ってくれましたから。 ■俳優としての今後のキャリア ──Netflixの大ヒット時代劇シリーズ『ブリジャートン家』シーズン2に出演したことは、あなたの人生にどのような影響を与えましたか？ 『ブリジャートン家』のオーディションは、フルタイムの仕事を辞めてから初めて受けたもので、そこで役を得ることができたので、驚きましたし、かなりホッともしました。それに、褐色肌の女性が時代劇に登場するなんて以前は考えられないことだったので、そういったジャンルの作品に出演できたことが本当に嬉しかったですし、大きな影響を与えたと思います。 ──『ブリジャートン家』は多人種を起用するだけでなく、サウンドトラックにBTSの「Dynamite」を使ったり、異なる文化を自由につなぐ遊び心がありますよね。 そうですね。Netflixは本当に巨大で、番組のファンダムは膨大で、圧倒されますが、そうした大規模なプラットフォームやスタジオ、ストリーミングサービスがインクルーシブな雇用をサポートしていることは素晴らしいと思います。そもそも私たち有色人種が登場し得えなかった時代劇に多様性を取り入れることができたのだから、誰でもどこでも実現できるはずです。それを証明してくれたことは、多様性の捉え方やその重要性について、業界全体に大きな変化を生みました。 ──最近、新しくハマっているものはありますか？ 『ポライト・ソサエティ』以降、始めたことといえば、武道です。まだまだ先は長いですが、緑帯を目指しているところです。私たち女性は、自分たちが肉体的にどれほど強いか、そしてあらゆる方法で自分自身を管理できるかを理解する重要性をあまり言われてきませんでした。でも、もし誰かが襲いかかってきたら、その相手を打ち負かすことができる、自分の体が強くなっていると思えることは、エンパワーメントだし、エキサイティングで、クールなことだと思います。 ──最後に、俳優として、南アジア人女性として、どんな意志や希望がありますか？ もっとクールなストーリーをつくりたいし、クールなキャラクターを演じたい。映画だけでなく、テレビ、演劇で豊かで多彩なキャリアを築きたいです。また、私が参加した作品や演じるキャラクターを通して、自分を見つけ、自信を持ったりしてくれることを願っています。そして、他の人たちのためにも扉を開くことができればうれしいです。例えば、新しい俳優やクリエイティブな人々が関わる次世代を支援できるようなものづくりを手伝うこともできるかもしれない。南アジアのコミュニティだけでなく、与えられるべき場所がまだ与えられていないすべてのマイノリティのために。それが私が果たすべき役割だと思っています。 『ポライト・ソサエティ』 8月23日(金)新宿ピカデリー、グランドシネマサンシャイン 池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開。 ドレス¥61,600 by RE SYU RYU(www.ninjin.co.jp/online-store/）、イヤリング参考商品 by MR.R( misterr.base.shop）、その他はスタイリスト私物 写真・内田裕介、スタイリング・チバヤスヒロ、ヘアメイク・依田陽子、取材と文・小川知子、編集・遠藤加奈（GQ）
