今いくよ・くるよさんの「所得隠し」をスクープした記者 訃報に際し思い出す吉本興業への“気が進まない取材”
複雑な気持ちに
ゲラ刷りをチェックしていたら、そばにいた社会部の先輩が「大阪ではこういうのが受けるんや。吉本芸人の申告漏れなんて、産経が抜いたのは久しぶりちゃうか?」と肩を叩いて褒めてくれた。大阪に来て最も上司受けが良かった申告漏れ記事だったと思う。社内の人たちには受けが良いだろう、と予期していたから余計に複雑な気持ちになった。いくらファンでもせっかく知ってしまって、しかも会社の幹部たちも喜んでくれるに決まっているネタをボツにするわけにもいかないし……。 「すみません」 そばにいた社会面担当の整理部(見出し、レイアウトを担当する部署)のデスクに声をかけた。 「見出しの『今いくよ・くるよ』の後に『さん』をつけて下さい」 デスクは「『今いくよ・くるよ』っていうのはコンビ名やから敬称は要らん」とにべもなく言った。 後になって思えば、吉本興業の対応の急変は、きっと正直なお二人の意向が働いていたに違いない。 故人を偲ぶのにこんなケースを持ち出して大変申し訳ないとは思う。残念ながらお会いすることは叶わなかったが、あのときの吉本側の取材対応に「今いくよ・くるよ」さんの潔さと人柄が反映していたことに改めて謝意を申し述べたい。天国でもあの「どやさ」で周囲を笑わせていると思う。 三枝玄太郎(さいぐさ・げんたろう) 1967(昭和42)年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1991年、産経新聞社入社。警視庁、国税庁、国土交通省などを担当。2019年に退職し、フリーライターに。著書に『メディアはなぜ左傾化するのか産経記者受難記』『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える事件報道の裏側』など。 デイリー新潮編集部
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