“氷天体の地下海” は有機化合物に乏しい? タイタンでの推定結果
■表面に豊富な有機化合物を持つ「タイタン」
ただし、生命は水だけでは生存できません。生命活動のエネルギー源として、あるいは自らの身体を作るための有機化合物が必要となります。地下海に有機化合物が存在する兆候は既に観測されているものの、生命を維持するほど十分に含まれているのかは分かっておらず、地下海の存在を実証する研究と比べると熱心に検討されているとは言い難い状況です。 この疑問に対してヒントとなるのは、土星最大の衛星の「タイタン」です。タイタンの表面には豊富な有機化合物が存在することが分かっています。そのほとんどはメタンやエタンなどの極めて単純な分子ですが、より大きな分子が存在することも分かっています。タイタンを覆う分厚い大気がモヤっぽく見えるのは、大気中に含まれる高分子の有機化合物によって光が散乱されているためです。 タイタン表面の有機化合物の量は、地球を除くと太陽系随一の規模です。また、表面には液体メタンの湖が多数ありますが、地下深くには地球の海の14倍もの液体の水があると考えられています。表面の豊富な有機化合物が地下海へと供給されれば独自の生命が育まれていても不思議ではありませんが、そのためには地下数kmまで有機化合物が供給されなければなりません。 Neish氏らの研究チームは、タイタンにおける地下海への有機化合物の輸送量を推定しました。タイタンには地球のようなプレートテクトニクスがないと考えられるため、地表の物質を地下海に送り込む手段は限られています。Neish氏らは、物質の輸送に天体衝突を仮定しました。天体が衝突すると、そのエネルギーで表面の氷が融解し、液体の水と有機化合物が混合します。水は氷よりも密度が高く、氷に対して “沈む” ため、地下海へと到達すると考えられます。
■タイタンの地下海は “極めて薄いスープ”
Neish氏らは、最も単純なアミノ酸の1つであるグリシンを基準に、タイタンの環境においてグリシンが生成や分解される速度を推定しました。そして、タイタンへの天体の衝突率の推定値から、地下海に供給されるグリシンの量を推定しました。 驚くべきことに、地下海に供給されるグリシンの量は1年あたり7500kg以下であると推定されました。地球の14倍も大きな海に対してアフリカゾウ1頭分のグリシンを投入しても有機化合物の “極めて薄いスープ” しか生成されないことになり、生命を維持するには到底足りないと言えるでしょう。 タイタンほど有機化合物が豊富な天体でさえ有機化合物の供給が乏しいことを示した今回の結果は、地下海での生命を考える上では悪いニュースです。エウロパやエンケラドゥスのような他の候補天体は、タイタンよりもさらに有機化合物が少ないと考えられるからです。今回の研究が他の天体にも影響するのかどうか、注目される研究です。 Source Catherine Neish, et al. “Organic Input to Titan's Subsurface Ocean Through Impact Cratering”. (Astrobiology) Jeff Renaud. “Saturn’s largest moon most likely non-habitable: Western study”. (Western University)
彩恵りり