楽園のように美しいカシミール地方 住民の心に今なお残る紛争の爪跡
空がうっすらと白みかけた早朝、スリナガルにあるダル湖のほとりを、カメラを肩に歩いた。水に浮かぶ小舟の上から、男が釣り糸を垂れていた。午後になれば観光客で賑わうこの辺りも、まだひっそりと静まり返っている。 インド北部のカシミール地方で最も大きいこの町は、常に隣国パキスタンとの間の政治的紛争に晒されてきた。1947年のインドとパキスタンの分離が事の発端だ。両国の間に広がるカシミール地方の帰属をめぐって第1次印パ戦争が起こり、この土地は分断された。イスラム教徒が大多数なのにもかかわらず、その多くがヒンズー教のインドに支配されることになった。カシミールの住民とインド政府の間の軋轢は深まり分離運動が起きるが、それをパキスタンが支援するという政治的構図が出来上がった。
6000メートル級の山々に囲まれ、西に1時間ほど車で走れば、スキー・リゾートでも有名なグルマーグもある。「楽園」と呼ばれるほどに美しいカシミール渓谷だが、分離主義者によるテロ事件や住人とインド兵たちとの武力衝突があるたびに、多くの血が流された。スリナガルのカメラマンで、友人のジャベッドと夕食を共にしているとき、彼が言ったことは今もよく覚えている。 「インド兵たちは、僕らカシミリ(カシミールの人々)の気持ちなど決して分からないよ。僕らの多くは、インドよりパキスタンを母国だと思っている。それを理解しない限り、衝突は終わらないのさ」 (2014年8月/2010年3月撮影) ※この記事はフォトジャーナル<<インドの旅>>- 高橋邦典 第51回」の一部を抜粋したものです。