写真提供: 現代ビジネス

　1992年2月21日、福岡県甘木市の山中で、二人の女児の遺体が発見された。 遺体の服は乱れ、頭部には強い力で殴打されたことを示す傷が残っていた。二人は、約18キロ離れた飯塚市内の小学校に通う一年生で、前日朝何者かに誘拐され、その日のうちに殺害、遺棄されたものと見られた。 【写真】事件が発生した八丁峠道路 　福岡県警は威信を懸けてこの「飯塚事件」の捜査にあたるが、決定的な手がかりはなく、捜査は難航する。そこで警察が頼ったのが、DNA型鑑定だった。さらに、遺体に付着していた微細な繊維片を鑑定することによって、発生から2年7ヵ月後、失踪現場近くに住む56歳の無職の男、久間三千年が逮捕された。 　DNA型、繊維片に加え、目撃証言、久間の車に残された血痕など、警察幹部が「弱い証拠」と言う証拠の積み重ねによって久間は起訴され、本人否認のまま地裁、高裁で死刑判決がくだり、最高裁で確定した。しかも、死刑判決確定からわずか2年後、再審請求の準備中に死刑執行されてしまう。 　久間は、本当に犯人だったのか。 　事件捜査にあたった福岡県警の元捜査一課長をはじめ、元刑事、久間の未亡人、担当弁護士、さらにこの事件を取材した西日本新聞元幹部、記者らに分厚い取材を行ったドキュメンタリー『正義の行方』は「ありがちな推断、誘導、泣かせを排斥し、正義を語るに恥じない映像空間が担保されている」(作家・横山秀夫氏)、「ここ数年、いや間違いなくもっと長いスパンにおいて、これほどに完成度が高く、そして強く問題を提起するドキュメンタリーは他にない」(映画作家・森達也氏)と各方面から絶賛されている。 　書籍版『正義の行方』からその一部を抜粋して紹介する。 【第1回はこちら】「飯塚事件」わずか2年で死刑執行された久間三千年は本当に「犯人」だったのか

「自供までもうすぐ」だったはずが……

Photo by gettyimages

　逮捕容疑は死体遺棄だったが、二女児を手にかけた殺人容疑でも逮捕することが予定されていた。そのためには、逮捕勾留期間中に、久間の自供が是が非でも欲しかった。 　福田係長を久間の取り調べ担当としたのは、ある程度気心の知れた捜査員であれば久間も話がしやすく、自供を得やすいと考えたためである。福田係長は事件発生直後から久間の担当となり、逮捕に至るまで2年の間に何度か久間の自宅を訪れて面識ができていた。飯野は副取調官として、そのサポート役に回っていた。 　逮捕直後、久間は事件について「私は知りません」と否認していたが、しかし、取調室では雑談にも応じるなど、捜査当局は微妙な変化も感じ取っていたという。 　山方泰輔元捜査一課長 　奥さんの妹が横浜におるとやったかな。だから、「横浜に家内を移転させてください」と。「子どもと一緒に」という話がきたけん、あ、これはもうすぐうたう(自供する)なと。やけん、家内が行くちゅう、こう言わせないかんわけな。だから、加藤弁護士を通じて、特別面会許可をとって、奥さんを連れて会いに行ったわけ。 　――これは山方さんの仕切りで？　 　そうそうそう。 　逮捕され、勾留されている被疑者が容疑事実を否認している場合、警察当局によって「接見禁止」の措置がとられることがほとんどで、家族や関係者との面会が認められることはまずない。 　しかし、久間のケースでは山方一課長の指示であえて妻との面会の機会を設定した。それによって久間が自供に傾くだろうと予想していたからだ。