無期限停止処分も引退に揺れる元王者・比嘉大吾に異例の停止解除条項
当日計量をクリアした比嘉は、変則タイトルマッチのリングに立ったが、具志堅会長が棄権の意思表示を行い9回に棄権した(記録はTKO負け)。限界まで挑んだ減量の影響と、体重超過で迷惑をかけたという精神的ショックが、キャリア初の敗戦と重なり、試合直後に、比嘉はパニック状態に陥ったという。 頭から氷水をかぶったが、体温が下がらず緊急入院。腎機能の低下が確認された。比嘉は、親しい関係者に「もうボクシングを辞める」と、ショッキングな言葉さえ漏らしているという。 これらの状況を踏まえ、停止処分を1年なら1年と期限を切ってしまえば、また比嘉が無理をして体調を壊すことを危惧したのだろう。無期限は、比嘉を引退危機へと追い込む厳罰ではあるが、「期日を考えずにやり直せる」という環境を比嘉サイドへ与える温情処分でもあるのだ。 それゆえ、JBCは同時に再起する場合は、1階級以上、階級を上げる階級変更を義務として命令した。 比嘉自身は無期限の停止処分をどう受け止めたのか。 1年でなく無期限としたことは停止解除は少なくとも1年以上先になることを示す。 引退に揺れている比嘉が再起を決断したとき長期ブランクを克服することは可能なのだろうか。 “カリスマ”辰吉丈一郎は、WBC世界バンタム級王座を獲得後に、左目に網膜裂孔を負い、1年のブランクを作った。休養している間に暫定王者となっていたビクトル・ラバナレス(メキシコ)と1年後に統一戦を戦うが、9回TKOで敗れた。辰吉は、当時21歳。モチベーションは維持していたが、入院と絶対安静期間があり、ジムワーク再開までに4か月もかかり、通常体重は70キロを軽くオーバー。バンタムのリミットの53.5キロから約18キロも増えた。そこから、もう一度、短期間で体を作り直す作業はオーバーワークにつながり辰吉から天性のセンスを奪い取っていた。辰吉が王座復活するまでに、そこからさらに10か月かかっている。 あの辰吉をして2年もの時間を要した。 ただ10年以上のブランクを作って王座に返り咲いたジョージ・フォアマンに代表されるように長期ブランクを作って復活した世界王者の例はいくらでもある。比嘉が、カムバックするためには、強い意思を持ち、ジム側がしっかりとしたサポート体制を整えることがポイントになるだろう。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)