雑誌の表紙、密着取材、イメージタレントまで アニメキャラ“タレント化”の背景とは?
『名探偵コナン』のシェリーとベルモットが並んで立つ。『呪術廻戦』の五条悟がポーズを決める。『進撃の巨人』のリヴァイ兵長がコンビニエンスストアで商品をアナウンスし、エレン・イェーガーが巨人退治のプロフェッショナルとしてNHKの番組に取り上げられる。今やアニメキャラは生身のアイドルや俳優、お笑いタレントたちと同じ位置づけで、さまざまな場所に登場するようになっている。その背景には、そうしたキャラクターたちを架空の存在だと否定せず、生き様に共感する人たちが増えていることがありそうだ。 【写真】 巨人退治のプロフェッショナルとして取材を受けたエレン・イェーガー プロボクサーの井上尚弥がいて、映画監督の庵野秀明がいて、シンガーソングライターのさだまさしがいた。それぞれが自分の仕事について語り、その仕事ぶりを見せて驚きと感動を与えてきたNHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル仕事の流儀』に10月23日、エレン・イェーガーという人物が登場し、橋本さとしのインタビューに答え、スガシカオの歌に重ねて喋っていた。 職業は調査兵団兵士。諫山創の漫画と、それを原作にしたアニメ『進撃の巨人』に登場するキャラクターだと分かる人には分かるが、漫画を読まずアニメも観ない人にはさっぱり意味が分からない人物であり、職業だ。それでも、分からないなりに見ているうちに、エレンという人物が苦悩に喘ぎながら巨人や世界を相手に戦ってきた生き様に、興味が湧いてきたことだろう。 NHKとしては、11月4日に放送するアニメ『「進撃の巨人」The Final Season 完結編(後編)』の前宣伝として、自局の番組のセルフパロディをアニメのキャラでやってみただけかもしれない。とはいえ、コント番組の中でもBS放送でもなく、総合放送の中でアニメキャラを取り上げられるほど軽い放送局ではない。ストーリーや設定を紹介し、キャラの生き様を見せることで視聴者が何かを得られるのではと判断するくらいに、『進撃の巨人』が深いテーマを持った作品だったことがひとつにはある。 アニメキャラを俳優やスポーツ選手やミュージシャン、文化人、経営者、料理人、医師といったリアルな社会で実際に手足を動かし、働いている人たちと同等の存在として意識し、受け入れることに前ほど違和感が浮かばない時代になっていることも、エレンが主役の『プロフェッショナル 仕事の流儀』が作られた背景にありそうだ。 書店に行けば、そうした状況が一目瞭然だ。アニメ情報紙やコミック誌ではなく一般向けのファッション誌で、人気のアイドルたちに混じってアニメのキャラが表紙のモデルを務めている。マガジンハウスの女性誌『an・an』が『名探偵コナン』のシェリーや『SPY×FAMILY』のアーニャ・フォージャーを表紙に起用。集英社の『MEN'S NON-NO』では『呪術廻戦』から虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇の1年生たちが登場して表紙を飾った。 人気アニメの人気キャラだからといった理由はあるだろう。作品を観ている層が雑紙の購買層と重なっていることも大きいが、それでも、大人の女性や男性に向けた雑紙の表紙を、これほどまでにアニメや漫画のキャラクターが飾るようになったのは、やはり2000年代に入ってから、あるいは2010年代も後半になってからだ。 今年3月に休刊したTV情報紙『ザテレビジョン』(KADOKAWA)ですら、実は1982年の創刊から41年の歴史の中で、表紙にアニメキャラが起用されたのは数えるほどしかない。『聖戦士ダンバイン』のチャム・ファウや『機動戦士Zガンダム』のガンダムMk-Ⅱ、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』のシン・アスカ、『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』の麦わらの一味といったあたりに限られる。 もっと多かったように思えるのは、表ではなく裏表紙でコラボするケースが増えたから。『うる星やつら』のラムちゃんも『BLEACH』の黒崎一護も、レモンを持って浮かんでいたり立っていたりしたのは裏表紙だ。表ではアイドルを起用して数百万人、数千万人と言われるファンにアピールし、裏でアニメやキャラクターを乗せてファンの購買意欲を誘う“両面作戦”だった。 たとえ裏表紙でも、アニメキャラがタレントとして市民権を得たと見るか、折り込みポスターが裏表紙になっただけで、扱いとしてはキャラグッズのままだと見るかは判断に迷うところだ。もし令和の今も『ザテレビジョン』が続いていたら、アーニャやエレンやアイドリッシュセブンが、頻繁に表に登場したかもしれない。 雑紙の表紙を飛び出して、イメージタレントとして活躍するキャラも増えている。11月3日より全日本マカロン協会が始めたキャンペーンでは、『SPY×FAMILY』のアーニャが起用されて、全国のショップで販売されるマカロンのPRに寄与する。購入者は、パティシエの衣装を着てマカロンに腰掛けたアーニャのイラストが入ったクリアファイルがもらえるとあって、マカロン愛好家とアーニャのファンが頒布場所となるパティスリーに押しかけそうだ。 アニメのキャラクターが商品の宣伝に登場すること自体は新しいものではない。丸美屋の「のりたま」に『エイトマン』のシールがついたり、明治の「マーブルチョコレート」に『鉄腕アトム』のシールがついたりした1960年代のTVアニメ黎明期から行われてきたことだ。アトムは銀行の貯金箱になり、プロ野球のイメージキャラになり、回転寿司チェーン「アトムボーイ」の看板にまでなった。 子どもに人気のアニメキャラが持っている、子どもにアピールする力を取り込みたい。それこそミッキーマウスの昔から、キャラクターマーチャンダイジングの主力として、アニメキャラはさまざまなジャンルで起用されてきた。今のアニメキャラのタレント化も、そうした流れの上にあるもので、ことさら不思議なものとして捉える必要はない。ただ、子どもに向けて売りたい商品とは少し違う、大人が対象となった商品やサービスにこれほどまでにアニメのキャラが起用されるようになったのは、やはり目新しい現象と言えるだろう。 アニメを観て育った世代が、キャラへの親近感を持ったまま大人になって、子どもっぽいといった意識を抱かずキャラに接するようになった。アニメ作品に登場する地域が、作品とコラボして“聖地巡礼”を誘うような試みが、この20年ほどで一般化してきた。そうした段階を経て、キャラ自体がタレントとなってビジュアルや芸で誘ったり、生き様に共感させたりするようなコラボの場に、普通に起用されるようになったのかもしれない。 その先、アニメキャラのタレント化はどこまでいくのだろう。シリアスな現場、例えば報道番組でキャスターとしてニュースを読むようなことも起こるのだろうか。いつかAIが発達して集合知を発揮するようになった段階で、キャラのアバターを被せてキャスターとして起用するところが出てくるかもしれない。 アニメ映画『ONE PIECE FILM Z』の中で、麦わらの一味がアルマーニエクスチェンジの衣装をまとったようなコラボが進化し、バーチャル空間でキャラが最先端のファッションをまとってランウェイを歩くようなことも起こるかもしれない。可能性は無限だ。 キャラへの関心がただの人気を飛び越えて、信頼性につながっていった先に起こり得る変化を気にしていこう。
タニグチリウイチ