【レトルトカレー業界】簡単で美味すぎる!「400円の壁」が崩壊 本格派の味を追求するホットな戦い
「安くて味はそこそこ」――。 消費者が持つこんなレトルトカレーのイメージは、もはや崩壊しつつある。 【ひと目でわかる!】簡単で美味しすぎる…レトルトカレー戦国時代「最新勢力図」 昨年夏、将棋界の天才・藤井聡太八冠(21)が森内俊之九段(53)から受け取った誕生日プレゼントは、仙台牛のステーキがドカンと入った税込み5000円のレトルトカレーだった。 100円ショップでも手に入る安さと手軽さを売りにしていたレトルトカレーは今、大きな変革期を迎えている。カレー総合研究所の井上岳久代表が解説する。 「レトルトカレーの元祖は’68年に販売が開始された大塚食品の『ボンカレー』です。以降、明治の『銀座カリー』など、税込み200円台の商品が続々と発売されていきました。その後、ハウス食品の『咖喱屋カレー』(139円)など200円未満の商品が店頭に並ぶようになり、大衆は安いほうへ流れていった」 風向きが変わり始めたのは’00年代に入ってから。新宿中村屋が300~400円台の高級カレーを売り出したのだ。これまで「400円以上の商品は売れない」という不文律が業界には存在したが、中村屋がその壁を打ち崩した。レトルトカレーは常温保存に耐えうるよう高圧殺菌されているため、スパイスの香りが飛んで本格的な味にならないことが弱点だったのだが……。 「実は当時、中村屋は某ファミレスの業務用レトルトカレーを作っていたんです。試行錯誤を重ね、レストランで出せるレベルにまでクオリティを上げることに成功した。しかし、そのファミレスが自社製造のカレーを出すようになり、契約が切れてしまったので、蓄積されたノウハウを活かして自分たちで売り始めた。もともとはレストラン用の商品ですから、価格帯も上がってくる。それでも本格的な味が人気を博し、大衆に受け入れられていきました」(井上氏) 中村屋と同様、300円以上の商品を主力とするのが、無印良品だ。 「『バターチキンカレー』など、スパイスの香りがしっかり効いた本格的なカレーでファンも多い。製造を担っているのは、藤井さんが食べた5000円カレーを作っているにしき食品です。低価格帯から高価格帯まで様々な商品を生み出す技術力が売りの企業ですから、無印良品の商品の味も年々進化しています。 にしき食品、無印良品のレトルトカレーの特徴は、箱がなく、パウチであること。しかも、単独で立つように設計されています。運搬中に箱が傷んで廃棄処分になるリスクがなくなり、フードロスやコストの削減になります。現在では他社もこの流れに乗り、箱をなくすタイミングを図っている状態です」(レトルトカレー研究家の目取眞興明氏) 高額商品が確固たる地位を築いた一方、ボンカレーはカップ麺業界における日清の「カップヌードル」のように絶対的な存在になることはできなかった。 しかし大塚食品は、グループ会社である大塚製薬の販売ルートを活用し、減塩や低カロリーを謳った「マイサイズ」シリーズなど、健康志向の商品を調剤薬局の棚に置くことに成功。他のメーカーが入り込めない領域を独占することで、今なお上位争いを演じている。 ◆新興勢力に大手が対抗 トップランナーのハウス食品を追って、激辛の「LEE」シリーズや「カレー職人」シリーズが人気を博す江崎グリコ、二段仕込みのブイヨンと甘い玉ねぎのコクが魅力の「銀座カリー」シリーズが根強い支持を集める明治、無印らが僅差で競り合う状況が続いているのだが――。ハウス食品の対抗馬として有力視されているのは、スパイス最大手のエスビー食品だ。 「すでに『カレー曜日』や『ディナーカレー』といった人気商品でエスビー食品は安定した業績を上げていたのですが、香り重視のスパイス系商品は売れないと踏んだのか、あまり注力してこなかったんです。ところが、後発メーカーの中村屋や無印良品が大成功。この気運を逃さずエスビーは、’17年夏に有名カレー店『コロンビアエイト』監修の『噂の名店 大阪スパイスキーマカレー』を発売。キーマカレーなのにルーはサラサラで、カルダモンが効いた不思議なカレーを見事に再現しました。これにより、香り重視の顧客をガッチリと掴んだ。もともとスパイスに強みのある会社ですからね。カレーコンテストのグランプリ受賞店とコラボした『神田カレーグランプリ』シリーズも完成度が高く、多くのカレーファンたちを満足させています」(カレー研究家のスパイシー丸山氏) 大手の地位に安住せず、自らの強みを活かした企業努力でスパートをかけたエスビー食品。それでも、業界ナンバーワンのシェア20~27%を誇る王者・ハウス食品は、はるか先を行く。 「売り上げ首位の『咖喱屋カレー』のほか、レトルト版の『バーモントカレー』、『ククレカレー』、『カレーマルシェ』などロングセラー商品の数が圧倒的。JAXAが国際宇宙ステーションの宇宙飛行士に供給する宇宙食カレーもハウスが担当するなど、名実ともに業界のリーディングカンパニーです」(前出・井上氏) エスビー食品のコラボシリーズのヒットに、王者が黙っているはずもなく――。 「グルメアプリ『SARAH』が主催する『ジャパンメニューアワード』受賞メニューのレトルト化や、『食べログ』とコラボした『選ばれし人気店』シリーズなど、ハウス食品は新たな取り組みでヒットを飛ばしています。ハウスやエスビーら大手の巻き返しを受け、中村屋は世界中のスパイス料理を味わえる『スパイス紀行』を、無印は『素材を生かしたジビエのカレー』を開発して対抗するなど、各社が切磋琢磨しています」(前出・丸山氏) 最近では500円、場合によっては1000円以上のこだわりぬいた商品でコアなファンの注目を集める新勢力も現れた。 「36チャンバーズ・オブ・スパイスです。レトルトカレーの重要な製造過程である『高圧力殺菌』の圧力と熱を逆利用し、肉をホロホロになるまで煮込んでスパイスと上手く合わせている。『マトンカレー』など、こだわりぬいた個人店が出しているようなカレーを味わうことができますよ」(前出・目取眞氏) スパイス、名店コラボ――。王者が積極的に新戦術を取り入れ、新興勢力がやり返す。ピリピリとした緊張感が漂うレトルトカレー業界の甘くない覇権争いは、今後ますますホットになるはずだ。 『FRIDAY』2023年11月10・17日号より
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