【年末特別読み物】警備本番のウラ側から期間中の衣食住まで…現役警官が緊急鼎談「要人警備の舞台裏」
コロナ禍の規制も撤廃が進み、社会が再び本来の姿を取り戻しつつある昨今。政治の場でも、さまざまな活動が活発化している。 【極秘入手】すごい…! 今年4月に起きた「岸田首相襲撃事件」ザル警備と批判された警察庁「全35ページ報告書」の中身 一方で、政治活動の安全を確保する警備体制には、疑問や課題が露わになる事件も発生している。警備上の問題が指摘された一大事件といえば、’22年7月に起きた安倍晋三元首相銃撃事件が記憶に新しい。今年に入っても岸田文雄首相が和歌山県の選挙演説中に襲撃を受けた。 警備の重要性と課題に注目が集まる中、実際に担当する現場では何が起きているのか。’23年の5月19~21日に開催された、バイデン米大統領やマクロン仏大統領などG7各国首脳が来日した「広島サミット」では、全国の警察本部から応援を合わせて約2万4000人が動員された。警備警察にとっては、今年最大の態勢で臨んだ広島サミットの警備にあたった警察官たちが、年末を迎えて当時を振り返った。 ◆国の威信を懸けた警備体制を構築するまで ――広島サミットの警備計画はどのように作成されたのか。 40代警部補A:最高指揮官は広島県警の森本良幸本部長で、全国の警察からの応援組はその指揮下に入った。警備計画の土台は事前に広島県警が作成し、4月ぐらいから応援組の計画は本格化しました。たとえば「警視庁は最重要の米国の警備担当」、「大阪府警はこの国」、「神奈川県警はこの国」などと割り振られる。いずれにせよG7各国は最高レベルとなる。その他のゲスト参加国の首脳は、その国の規模による。応援派遣は警察本部の規模によっても負担率は変わります。テロの危険性が高いなどの情勢によって対応する計画となっていたのです。 40代警部補B:国別の警護計画が基本ルールの枠組みを作成するが、たとえば各国首脳やその妻から、「観光に行きたい、グルメを楽しみたい」などの要望は必ずある。実際に広島の名物の、お好み焼きを食べに行き写真をSNSにアップしていた人もいた。イレギュラーな要望がくることは織り込み済み。そのための部隊も用意していました。原爆資料館(広島平和記念資料館)のようなメーンの会場はまさに「ザ・サミット」の「ザ・会場」なので、何度も訪れる可能性があるため、警備は万全。ビクともしない。実際にスナク英首相らは公式訪問のほかにお忍びで原爆資料館を訪れた。 ――実際に現地入りしてからサミット開催までの活動を教えてください。 30代巡査部長C:私は5月上旬には広島に入りました。まずは現地入りしてから広島の土地、地理、地形などを把握する。実施踏査といって車も使うが基本は歩いて回り、警備配置された際にどのようにすれば効果的になるか一人ひとりが広島という土地を確認しました。当然、平和記念公園や原爆資料館などは何度も見て回った。たとえば、平和記念公園に各国首脳が到着し車から降りて歩くにあたって、何歩になるか、何分必要かなども確認します。 40代警部補A:広島の街中の高層ビルなどの屋上から銃撃のポイントとして使われる可能性がある建物があるのかどうか、現場を見て回る。「ここも危ない、あそこも危ない」と確認する。首脳が泊まるホテルの確認は当然、近くの建物で、首脳が利用する部屋がある階をのぞき見ることができる場所があるのかどうか、何もかも確認し効果的な配置を考えます。 ――実際にサミット本番となると、どのような警備が行われたのか。 30代巡査部長D:サミット本番直前の5月18日あたりになると、「2部制」という態勢となった。勤務の内容は午前8時半から翌日の午前10時ごろまで24時間ぐらい連続で警備に就く。勤務終了後は宿に帰る。夜中に仮眠を取ることもあるが、大部屋だと足がぶつかっただとかで、隣で寝ている人とケンカになることもあった(笑)。 30代巡査部長C:広島市街から離れたところに定員が5人の交番があり、サミット期間中に百数十人の応援配置がなされた。指揮がうまく取れず困っていたようだ。これはやはり過剰警備なのではないかな。 40代警部補B:各国首脳は成田か羽田で乗り換えて広島空港から入ってきました。当日は、「バイデンが来た」「マクロンが到着」「トルドーが入った」と連絡がくる。すると担当する警護部隊が車で付いて回る。公式行事への参加のため外出するとなれば、同じ態勢で、完全警護体制でついて回るといったことを繰り返しました。 20代巡査E:自分は勤務先の署で留守番だったが、広島サミットの警備に行ってみたかったです。留守番と言われればそうだが、広島に派遣された先輩たちが抜けた分も頑張らなければならなかったので結構、しんどかったですね。日常のルーチンワークもあるし、残業が多かったですから。署の管内のターミナル駅ではサミットに反対するグループによるソフトターゲット(一般市民)を狙ったテロが起きるかもしれないため、警戒もあり、かなり疲れました。 40代警部補B:サミットだけでなく、『G20』、『APEC』などなど、全国警察から応援派遣する大規模警備は多い。こうした警備は「行ったもの勝ち」とも言われる。派遣されればそれなりの充実感があるが、残った留守番は変わらぬ業務。こちらの方が、実は大変なんです。 30代巡査部長C:サミットの警備で広島に警察官を派遣していて人手が足りないとはいえ、地域住民に対して言い訳はできない。いつもの通りの同じレベルの対応を求められる。つらい所だが、泣き言はいえませんからね。 ――今回のサミットのビッグサプライズは、ロシアの軍事侵攻を受けているウクライナのゼレンスキー大統領の出席でした。現地で警備にあたる警察官たちはどのように受け止めていたのでしょうか。 40代警部補A:5月20日にゼレンスキー大統領が広島サミットに来るというのは報道で知った。警察内では事前に知らされなかった。最後まで秘密事項だった。ただ、こうした事態に備えるために、予備車列は用意していたので問題はなかった。アメリカなどの重要警護対象国は、もともと予備車列がある。そのほかにもう一本ぐらい予備車列は用意していた。たとえば本番になって車が故障したとか、何があるか分からない。予備車列はイレギュラーなことがなければ仕事に就くことはない。だから、何かしらの出来事があり、予備車列を投入してあげて仕事に携わらせてあげたいという親心のようなものがあるのも事実だ。 30代巡査部長C:自分は当日の朝、新聞で知りました。ゼレンスキー大統領が参加するかもしれないというウワサのような情報が事前にあったので、「やはり来るのだな」と緊張感を持って受け止めた。ロシアの軍事侵攻の真最中ということもあり、一般的な日本人はゼレンスキー大統領には同情的だ。しかし、ゼレンスキー大統領に何かしらのテロのようなことを仕掛けて喜ぶような人物、愉快犯がいないとは限らないと思っていました。 ――現地での生活はどのように過ごしていましたか。宿や食事事情など仕事以外について教えてください。 30代巡査部長C:宿は民泊施設のようなところだった。10人ぐらいの部屋に、キャパ以上の人数を押し込まれました(笑)。それでも意外と苦ではなかったです。こういうと少し不謹慎かもしれませんが、言ってしまえば若いころの警察学校のような雰囲気で最初はウキウキとしていた。高校の部活の部室のようでもあった。 ただ、何日かたつと室内が次第に汗臭くなる(笑)。洗濯機は1台あったが、十数人分は回せない。コインランドリーなどを使っていましたね。 30代巡査部長D:自分たちは優遇されていたと思う。ビジネスホテルのそれもシングル部屋だった。激務の後でも一人になれる時間があった。風呂には入りたい時に使えるし、眠くなればベッドに入る。酒は外で飲むことは許されていなかったので、ビジネスホテルに泊まっていた仲間たちとコンビニでビールなどを買ってきて誰かしらの部屋に10人ぐらいで集まって飲んでいた。仕事が終わると、やはり仲間と飲みたくなるものですから。 40代警部補B:食事は基本的に広島県警が用意する弁当です。一食につき600円台と聞いていた。動員数は2万人以上だったから、いくつもの弁当店に発注して大変だったらしい。何度かだが、自分の場合は夕食の弁当は若い後輩にあげて、外出して広島の繁華街に酒を飲みに行った。もちろん任務に支障をきたさないような時間に、早々に引き上げたが……。 ――無事サミットを終えたときの感想を聞かせてください。それと、今後の警察の警備活動に必要な意見をお願いします。 40代警部補A:終わった時は心底、ホッとした。警察庁、広島県警はかなり気合が入っていた。安倍元首相の銃撃、岸田首相の爆発物の事件を受けて、警備の基本方針は広島県警だが、たとえばアメリカは警視庁など、国ごとに担当する警察本部が責任を持つようになった。警察本部ごとに責任を負いなさいということだった。 今後は、「現場で対策ができていなくても何も起こらなくてよかったね」という考えは通用しない。安倍元首相、岸田首相と2件も続けて発生している。日本の警察の信用度はガタ落ちしている。事件を起こさせないという強い気持ちをもたければならない。周到に警備計画を立てて実施する。そうしなければ、また何か起こると思っています。 20代巡査E:事件はまた形を変えて発生するでしょう。それを自分たちがどのように食い止めるか。ここが警察は問われている。市民から過剰警備と批判されることもあるが、何か起こってしまえば警察の負けだと考えています。 30代巡査部長D:たとえば刑事警察は、殺人事件などが発生して、犯人逮捕で無事解決となれば称賛される。しかし、警備警察は事件が起きないように警備して「当然だ、当たり前だ」とされる。事件が起きればダメ、失格。100点満点か0点しかない。何もなくて当然だから人に評価される仕事ではないが、地道にやるということに尽きる。 来年も日本では大小さまざまな国際会議が計画されている。また、国内の政治活動にも終わりはない。その裏には、凶悪犯罪を未然に防ぐべく警備にあたる警察官たちの存在がある。 取材・文:尾島正洋 ノンフィクション作家。産経新聞社で警察庁記者クラブ、警視庁キャップ、神奈川県警キャップ、司法記者クラブ、国税庁記者クラブなどを担当しフリーに。近著に『俺たちはどう生きるか 現代ヤクザのカネ、女、辞め時』(講談社+α新書。
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