錦織はなぜ全米後に2連勝できたのか
175cmの小さな体でグランドスラム優勝、世界2位までいったマイケル・チャンは、天才型の錦織に対し、ストイックな努力型といえる。練習は厳しく、叱咤の言葉も厳しいが、そのやり方を信じて努力すれば結果がついてくるという確信が持てた。才能だけでは超えられなかった壁をいくつも超えられたのだ。 一方、チャンの手腕ばかりが取りざたされるが、錦織はスピーチでも記者会見でも、4年近く錦織に寄り添っているもう一人のコーチ、ダンテ・ボッティーニ・コーチへの感謝も忘れない。南米出身のこのコーチはどちらかというと錦織に性格が似ていて、イージーゴーイングだそうだ。錦織のことをよくわかっているし、とても気が合うのだという。チャン・コーチの厳しい指導の中、錦織にとっては弱音を吐ける相手だったかもしれない。だから耐えられた。 変えるべきものと守るもの、錦織はまるで本能のようにこれらを振り分け、絶妙のバランスで機能しているチームに支えられながら、自分自身で「できすぎかなと思う」ほどの成果を挙げている。だが、日本のテニス界は、そんな彼にあまりにも甘えてはいないだろうか。
今大会、シード8選手のうち5人が1回戦で敗退し、準々決勝からは第3シードのミロシュ・ラオニッチと第4シードの錦織しかいない状態になった。ラオニッチは過去2年連続で準優勝しており、錦織と同世代の最大のライバルと見られている23歳だ。日本のファンにも馴染みがある人気選手ではあるが、錦織が負けてしまえば大会はどうなったことか。チケットは最終日まで完売だった。 大会終盤の顔ぶれの乏しさは単なる運ともいいきれない。同じ週には北京で大会が開かれているが、そちらにはノバク・ジョコビッチ、ラファエル・ナダル、マレーといった錚々たるメンバーが出場した。ちなみに、東京と北京とでは獲得ポイントは同じだが、賞金がまったく違う。北京の優勝賞金は楽天オープンの倍だ。1万5000人収容のセンターコートのほか1万人収容の準センターコートも擁し、施設の規模も格段に違う。悔しいが、これでは出場選手の格に差が出るのも無理からぬことかもしれない。 一方、経済力では叶わなくても、テニスの歴史がより長い日本には独自の良さももちろんある。大会中、初めて来日したというATPの最高責任者であるクリス・カーモード氏が記者会見を行なったが、この大会はすばらしいと褒めちぎった。「もっとも印象的だったことは、スタジアムがいっぱいだということだ」と語り、その観客は非常に礼儀正しく、公平で、テニスをよくわかっていると続けた。大会関係者はあたたかく、選手もそのもてなしに感謝している、とも話した。その言葉に偽りはないだろう。だが、連日スタジアムを一杯にしたのは、ほとんど錦織ひとりの力といっていい。カーモード氏もある程度は理解したに違いない。だから最後にこう言ったのだ。 「錦織選手の重圧ははかりしれないものです。彼は大変なものを背負って戦っている。皆さん、そのことを理解し、彼にどうかやさしくしてあげてくださいね」 Be kind------。やさしくするという意味はそう単純なことではない。錦織優勝、大会成功、万歳万歳ではなく、日本でテニスに関わる人間すべてが胸に手をあてて考えてみることではないだろうか。 (文責・山口奈緒美/テニスライター)