聴こえない親に、いじめられていることを相談できなかった理由
いじめられるようになって、およそ三カ月が過ぎた頃だ。決意が固まった。このままじゃダメだ。誰にも頼れないのなら、自分でどうにかするしかないじゃないか。 いつものように呼び出され、彼らが待つ放課後の教室へと向かった。机の上に腰掛けた彼らが、教室に踏み入ったぼくに鋭い視線をぶつけてくる。 「お前、うぜえんだよ」 いつもいつも変わらない、脅し文句。この頃には彼らの罵声(ばせい)にも慣れていた。もう別に怖くない、と自分に言い聞かせた。 「……うざいのは、どっちだよ!」 反論すると、一斉に驚いた表情を浮かべる。いままで踏みつけていた虫けらに嚙(か)みつかれ、呆気(あっけ)に取られているようだった。 「そうやって群れていないとなにもできないくせに! ひとりじゃなにもできないくせに!」 半ば興奮状態だったぼくは、一気にまくし立てた。いままで彼らにされてきたことを全否定し、怒りと軽蔑を込め、思いの丈(たけ)を吐き出した。そして、「これ以上ぼくに関わらないで!」と吐き捨てると、そのまま教室から駆け出した。 教科書の入ったカバンがとても重かったけれど、途中で立ち止まれなかった。振り向いたら後ろに彼らがいる気がして、止まればすぐに捕まってしまう気がして、夢中で自宅まで走った。呼吸が乱れ、涙が出てくる。カバンの重みでストラップが肩に食い込む。痛い。それでも必死に走り続けた。 自宅に着くと、母がぼくを見るなり肝を潰したような顔をした。 ──どうしたの!? 大丈夫? ──なんでもない、大丈夫だから。 ──なんでもないことないでしょ? ──大丈夫だから! 顔をグシャグシャにしていて、なにが大丈夫なのだろう。でも、それしか言えなかった。 心配する母を振り切って自室にこもると、ぼくは声をあげて泣いた。 本当は苦しいのに、怖いのに、それをうまく伝えられない。そのもどかしさに身を切られそうになりながら、制服の袖口で何度も涙を拭った。この泣き声も母には届かないんだと思うと、余計に涙が溢れた。