V2を逃した羽生が見せた隠れた進化
「ショートの演技を見たときに『あらっ』と驚くほど、動きの質がシャープに鋭く変わっていたんです。プログラムの楽曲の中には、ジャーンとかバーンというアクセントのある音があって、その音にあわせて、手を上げたり、ふっと浮いたりという動きがあるのですが、そこがシャープになっていたんです。動きに幅が生まれ、腕が5センチほど長く見える錯覚があったほどです。 元々スケーティングや、スピンの評価は、抜けている選手ですが、表現力につながる動きの質、レベルが変わりました。ジャンプを失敗したフリーではどうなるのかと注視していましたが、その動きのシャープさはキープされていました。まるで新しい羽生選手を見ているような印象を持ちました。 おそらく今季は怪我とアクシデントで次の試合に間に合わせることだけに神経と時間を使い、氷に乗れない時間も多かったと思うのですが、その時間を利用して、滑らなくともできる動きの部分を磨いたのではないでしょうか」 昨年11月に、この同じリンクで行われたGPシリーズの中国杯での6分間練習中に中国のエンカン選手と激突して、頭部挫創、左太もも挫傷など計5カ所に重症を負った。それでも試合出場を続けてきたが、再びアクシンデントに襲われ、満足に練習のできない状況が続いたが、その中で隠れた進化、変化を遂げていたのだ。 探究と努力を怠らぬ羽生らしいエピソードだが、それこそが羽生の強さの秘密であり金メダリストとしてのプライドであり使命感なのだろう。 「ただ……最後まで……このリンクで(シーズンの)最後まで滑りきることができたのは良かった。山あり谷ありで、良かったり悪かったりの繰り返しでしたが、いろんなことを経験できたスケート人生だけでなく、僕の人生の中でも生きてくると思います。(来シーズンへ向けて)体も作りなおさなければならないとも思った」 今シーズンの総括を羽生は、そんな言葉で締めくくった。 今季テーマに掲げながらできなかったショートの演技後半での4回転、フリーで3つの4回転ジャンプを入れるという難解なプログラムへの再挑戦は、来季への持ち越しになった。だが、度重なる故障でメンタルが鍛えられ、たくましくなり、《表現力》という隠れた進化を遂げてきた羽生ならば、再挑戦をクリアして、ライバルたちがの手が届かない、さらなるステージへ向かいそうである。