行列店で腕を振るうのはまさかの”脱北シェフ”…! 「超本格・平壌冷麺」を出す千葉の本格店に潜入!
千葉市稲毛に平壌冷麺店「ソルヌン」がオープンしたのは今年3月22日のこと。北朝鮮発祥の本格的な冷麺が日本で食べられるとのことで、行列ができる大繁盛店となっている。 【写真】壮絶…自らの脱北経験を打ち明けるムンさん 「都内や他県から来られる人も多いですね。あるお客さんには『青山(東京都・港区)に出店して!』と言っていただきました。忙しくさせてもらって、本当にありがたいです」 そう微笑むのはソルヌンのシェフでオーナーの勝又成さん(34)の妻、平壌出身のムン・ヨンヒさん(33)だ。勝又さん(34)の故郷が千葉県だった縁で、稲毛に店を構えたと夫妻は言う。二人は韓国・ソウルで出会った。 「韓国のいろんなお店で冷麺を食べましたが、子どもの頃から食べてきたあの味には出会えませんでした。私の母は北朝鮮・平壌の高麗ホテルのレストランの料理人で、店を出すほど腕がよかった。その道40年の母の味を再現できれば、平壌冷麺一本で勝負できると思ったんです」(ムンさん) ムンさんの夢に共感した勝又さんはソウルで経営していた焼肉店をたたみ、妻と一緒に母直伝の平壌冷麺のレシピをみっちり学んだ。そして’19年4月、ソウルにソルヌン1号店をオープン。その3ヵ月後に結婚した。 夫婦で営む平壌仕込みの冷麺は瞬く間に話題となり、コロナ禍を乗り切って大成功を収めた。つまり稲毛のソルヌンは2号店となる。 「本当はアメリカに出したかったのですが、コロナ禍もあって断念しました。そしたら妻が『日本に行きたい』って言うから、故郷の千葉で物件を探しました」(勝又さん) 北朝鮮で生まれ育ったムンさんは’15年に韓国に渡った“脱北者”だが、その苦労を感じさせないほど明るい性格。「夫はイケメンで一目惚れでした(笑)」と記者に屈託のない笑顔を見せた。現在、2歳の息子と幸せな日々を過ごしているが、笑顔の裏には想像を絶する過去があった。 「私は平壌で暮らしていて、名門の平壌商業大学を卒業したのですが、希望していた軍隊に入ることができなかった。このまま北朝鮮にいてはステップアップできないと人生や未来を悲観するようになりました。悩み抜いて家族で話し合った結果、’15年に、母と弟を置いて国境沿いに流れる鴨緑江を泳いで中国に入りました。現地で牧師さんと連絡を取りながら北京からラオスの国境まで行ったとき、中国の公安に捕まって13時間ほど留置所に入れられました。結局、ラオスの韓国大使館に入るまで10日ほどかかったのですが、その間、2日ほど身を潜めた山中で何も食べられなかったときは死を覚悟しました」 その後、’16年に韓国籍を取得。母と弟を呼んだ。「私より少し楽なルート」(ムンさん)を使って韓国入りに成功。家族で力を合わせて、ソウルで飲食店をオープンさせた。 「ソウルで店を出す際、右も左もわからない私たちの指南役として紹介されたのが夫でした。指南役というからにはおじさんかと思ったら、若い人でビックリしました(笑)。夫は材料や調味料の仕入れから何から何まで親切に教えてくれた。私が脱北者だと知っても『自分も日本から来て苦労した』と親切さは変わらなかった。彼がいたから、苦労を感じることはほとんどなかった」 勝又さんがムンさんの母の平壌冷麺の味を再現するのには、1年かかったという。ムンさんが振り返る。 「母は膝が悪く、なかなか店に立てなかったので夫が必死に学んでくれたんです。努力と調理センスの賜物です。今ではすべて夫が調理しています」 ソルヌンの平壌冷麺には、スッキリとした清涼感とコクがある。コシがあるが柔らかい麺がスープにからみ、思わず一気に飲み干してしまう。値段は1杯1200円と、見た目の豪華さからすれば安く設定されている。 「安すぎるという声もいただくのですが、できるだけたくさんの日本人に、気軽に平壌冷麺を味わってもらいたいんです。まずは千葉で店舗を増やす計画です。東京には意地でも出さず、僕の故郷・千葉まで食べに来てもらいます!(笑)」(勝又さん) ムンさんも意欲満々だ。 「いずれはアメリカにも『ソルヌン』を出したいね、と夫と話しています。(北朝鮮にいる)友人や親戚たちはどうしているのか心配ですし、会いたくもなりますが……私は日本で頑張ります。ここに来ることができて本当に幸せ。一生ここで過ごしたい」 北朝鮮へ思いを馳せながら、夫妻は今日も本場の平壌冷麺を作り続ける。 取材・文:金明昱(キム・ミョンウ)
FRIDAYデジタル