名匠・黒沢清、“転売ヤー”の主人公を描く新作『Cloud クラウド』で初のアクションに挑戦 ―「今の時代に対する強力なメタファー」【インタビュー】
最新作『Cloud クラウド』が今年のヴェネツィア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門でプレミア上映された黒沢清監督が、米『ハリウッド・リポーター』のZoomインタビューに登場。 名匠・黒沢清、“転売ヤー”の主人公を描く新作『Cloud クラウド』で初のアクションに挑戦 ―「今の時代に対する強力なメタファー」【インタビュー】 今年のアカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品に選出された『Cloud クラウド』は、町工場で働くかたわら、転売業で稼ぐ吉井良介(菅田将暉)の物語。お金に取りつかれた良介は、工場の上司ら周囲の人々を遠ざけるようになる。やがて、奇妙な出来事が起こり始め、良介は恋人(古川琴音)とともに湖のそばの家へと引っ越す。そして、仕事のアシスタントとして地元の若者(奥平大兼)を雇った良介は、さらなる不穏な出来事に直面していく。 これまでヴェニスやカンヌで監督賞の受賞歴を誇る黒沢監督が、自身にとって初のアクション作品となった『Cloud クラウド』の制作について語った。 ―――映画『Cloud クラウド』のインスピレーションについて、お聞かせください。 本作のインスピレーションは、テーマ的な観点からではなく、「アクション映画を撮りたい」という僕自身の長年の希望から来ています。アクションは映画史に深く組み込まれているジャンルですが、現代の日本を舞台に作ろうとすると、計画的にも金銭的にもさまざまな問題が生じるんです。それでも、アクションに挑戦するという夢をずっと抱いていました。 僕が自分に課した大きなチャレンジは、やくざや警察官といった日本のアクション映画の典型的な主人公ではなく、普通の人々に焦点を当てたことです。彼らは日常生活において暴力とは無縁ですが、食うか食われるかの状況に追い込まれていきます。 そのためには、普通の人々を生きるか死ぬかの途方もないシチュエーションに置くような物語を創作する必要がありました。ストーリーテリングにおいて、彼らをそこに行き着かせることが最も大きなチャレンジでした。 ―――ネットの転売屋を主人公に据えようと思ったきっかけは?この職業は、何を象徴していますか? 個人的なつながりなのですが、こういった仕事をしている知人がいまして、興味深いなと思ったんです。この方は、技術的には合法であるけれど、たびたび倫理的な限界のギリギリにまで近づくようなグレーゾーンで活動しています。彼らは、東京という厳しい都市環境で生活しながら、つねにコンピューターに張り付いて、商品を調達し販売します。 僕にとってこの職業は、現代の資本主義を象徴しています。際立った才能や財力がなければ、転売はシステムを動かす1つの方法なのです。この小規模な仕事が、巨大企業がより大々的にやっていることを反映していると考えると、面白いですよね。どちらも、安く買って高く売りますが、倫理的な境界線を超えているという意識は低いのです。転売業は、僕らが生きる今の時代に対する強力なメタファーだと感じました。 ―――アシスタントのキャラクターを登場させたことには、どのような意図がありましたか? アシスタントのキャラクターは、彼のような人物が実際の世界に存在するんだという思いよりも、このジャンルにおける必要性から生まれました。僕は、表面上は平凡に見えても、不安にさせるような暴力性を秘めたキャラクターを欲していたんです。 彼を演じた素晴らしい若手俳優の奥平大兼さんは、キャラクターの感情や思考を読み取らせないような独特な魅力があります。最初は、このキャラクターが上手くいくのか分からなかったのですが、奥平さんは自身が持つミステリアスなエネルギーを役に注ぎ、本当にこのキャラクターの存在を高めてくれました。 通常なら観客に解釈を委ねたいところですが、僕の中でアシスタントは“悪魔”を象徴しています。彼は、主人公に幸福と絶望を均等に与え、ほとんど目に見えないような契約を交わす人物なのです。最もシンプルな見方をすると、彼はそんな存在ですね。 ―――反資本主義的な解釈をすると、彼は論理の終点のような存在に思えてきます。すべてを犠牲にして利益を求めることは、人間を空っぽにし、感情のない悪人にしてしまいます。 本当にそうですね。車の中で2人が繰り広げる最後のシーンにすべてがつまっています。本作の解釈は、このやり取りをどう読み解くかにかかっているのです。彼を資本主義の怪物や、抽象的な悪魔だと考えるかもしれません。もちろん、どう受け取るかは観客に委ねられています。 ―――これらのテーマを考えると、本作はアメリカ式のビジネス文化の出現や収入格差の拡大など、今の日本で起きている社会的変化への反応のようにも思えます。それとも監督自身の意図は、より普遍的なものでしたか? そうですね。物語は現代の日本を舞台に、普通の人々の生活を描いているので、今の日本社会の現実を反映するのはごく自然のことです。米国社会のニュアンスにはあまり詳しくはありませんが、多くの国が貧富の差の拡大に直面しているのは明らかです。 日本は、まだそこまで進んでいません。歴史的に、日本は戦後の好景気を経て、強力な中産階級のアイデンティティーが育まれました。共通のアイデンティティーは今でも残っていて、大切にされているのです。 一方で、段々と不確かさは増していっています。自分は中産階級だと理解している人の中でも、目に見えない不安が存在しているのです。かつては当たり前だった安定性がなくなってしまうような、追い詰められた気持ちを抱いています。『何かしなくては、すべてを失ってしまう』といった絶望や恐怖は、よりはっきりとしたものになっていますね。本作では、社会にじわじわと浸透していく不安感を捉え、こういった感覚を掘り下げたかったのです。 ―――長年のキャリアで、本当に沢山のジャンルを手がけられてきました。『Cloud クラウド』では念願のアクションに挑戦されましたが、キャリアにおけるご自身の意欲について、現時点でどのようにお考えですか? キャリアに関しては、特定の軌道を計画したり、“こうなりたい”という決まった考えを持っているわけではありません。僕にとって、自分自身を駆り立てるのは映画表現の奥深さと豊かさなのです。 どれだけ多くの映画を作っても、本当に完ぺきだと思える作品はありません。実際のところ、映画を作れば作るほど、まるでつねに自分の一歩先を行かれているように、その概念が分からなくなっていくのです。“映画とは何か?”ということを理解したいシンプルでほとんど初歩的な気持ちが、僕を前進させています。それは、僕が死ぬまで続いていくでしょう。 ※本記事は英語の記事から抄訳・編集しました。翻訳/和田 萌